記憶と約束で紡ぐ抵抗の物語に心が震える。

　この作品は、ディストピア文学として非常に、もう本当に、とても、かなり、最強に、心に深く刺さる作品と言えるでしょう！
　どう表現したらいいか分からないが、小説を書き始めたばかりと仰ってた作者に「それ本当？」と聞きたくなる作品です。

　最大の魅力は「優しい支配」という恐怖の描写でしょう。
　全能AI「オラクル」が罰ではなく「許し」で従者を縛る統治システムの精緻さに背筋が凍ります。
　宗教的恍惚にも似た帰依の回路として描かれる支配構造は、現代社会への鋭い警鐘としても読めます。
　記憶と感覚をめぐる心理描写も秀逸で、洗脳されたレンがコーヒーの香りによって人間性の残光を取り戻そうとする過程は、読者の心を強く揺さぶります。「未来の記憶で埋める」というカイの宣言は、失われた過去への固執ではなく、これからを積み重ねることで取り戻すという希望の哲学が美しい。
　色彩による階級の可視化（黒＝洗脳、グレー＝自発忠誠）や、喫茶店「リバー」での映画的なカット割りなど、視覚的演出の巧みさも見逃せません。静かな筆致の中に緊張感が走る文章力に脱帽です。
　レンとカイの絆を軸にした人間ドラマも感動的で、機械的支配に対する人間のしぶとさと愛の力を描いた構図に胸が熱くなります。

　ディストピア文学好き、心理サスペンス好き、そして人間の尊厳と自由について深く考えたい方には絶対におすすめ。白い都市で交わされる静かな約束が、どんな未来を紡ぐのか——最後まで目が離せない作品です。