湾多珠巳の2025年新規第一作執筆日記
湾多珠巳
Wanda Tamami's writing diary for the first work of this year
三月x日
そういえば今年に入って新作をまだ一作も書いてない。
カクヨムを始めて、この春でいよいよ四年目。一年目、二年目は過去作とか過去のアイデアをアレンジしてかっこつけるのが精いっぱいで、その間新規の着想というものがほとんど出てこなくて、果たしてこの先、ゼロからの完全新作を書けるのか、書けたとしても、コンスタントに書き続けられるようになるのだろうか、などとだいぶん不安だったこともあったのだけれど、去年一年間でそこそこ自信はついた。一からアイデアを拾ってこねくりまわして作品にする、と言うこと自体は、もうそれほど難しくはない。
けれど、キレのいい短い作品ってのがどうも書けない。
とりあえず、今年の新作って形でさっさと出してしまいたい気分はあるので、五千字程度の読みやすいのをささっと書きたいなあとは思うものの、目下のところ、全くネタが思い浮かばなかったりする。
……悩んでても先に進まないんで、中編にならなきゃいいかとあっさり妥協。二、三十枚程度に膨らんでもいいから手早く仕上げられそうな作品ってことで……何か書けるかな? よし、じゃあ最近のストックから……。
三月x日
「不機嫌なカヨコ」執筆開始。
時事ネタを絡めた社会派スラップスティックとでも言おうか。破天荒な女の子(まあ見かけ上は)があるトラブルを抱えている施設をむちゃくちゃな手法でひっかきまわし、一応問題は解決するんだけどやっぱりろくでもない結末、というタイプの話。こういうのは序盤の状況説明をいかにすっきり済ませられるかで流れに乗れるか否かが決まる。
というわけで、視点人物の主人公を巻き込まれ役の青年に設定して、さっそくのその青年がテンパってるところから書き始めることに――
三月x日
書いた分を読み流してみると、どうも流れが悪い。やっぱ前振り的な状況説明の段がいるか? じゃあカヨコの小学生時代のエピソードを最初に入れるってことで――
三月x日
構成的には組み上がってきたものの、この分量はなんだ。軽く中編に届くぞ。っていうか、そんな長さにしたら、なんだか終段できれいに落ちてくれない気がする。箱書きだけなら行けそうなのに、いざ書いてみたらダメダメ感が急速に立ち上ってくる毎度のパターン。何かに無理がある。視点設定の問題か、舞台スケールの問題か……
三月x日
「食は罪、食は愛」執筆開始。
「カヨコ」はいったん寝かせることにして、ごく最近着想を得たもう一つのアイデアを使うことにする。これはストーリーそのものはだいたい出来上がっているのだけど、話としてはありきたり過ぎてどうかなあと思っていた作品。というか、ホラーのタグをつけた段階でだいたいオチが読まれてしまうというか。といってレーティングも何もなしで「親子で読めるほっこり家族物語(ハートマーク)」なんて擬態を通したら、マシで苦情が押し寄せそうな話だし。
まあ意外性の先にきちんとストーリーができていれば、そこでアピールできるからいいか、と、まずは書き始めてみる。
三月x日
「食は」中断。このままでも書けないことはない、と思うのだけれど……どうもいかん。というか、何もこのタイミングでこんな話書かなくてもええやないか、という気分になってきた。締め切りがぶら下がってるわけでもなし。やる気が起こらないとまでは言わないにしても、なんとなく、この文を書くべき時は今ではない、という気がするのである。
三月x日
今年着想したアイデアから新作を起こす、というのは一旦後回しにして、この際積年のアイデアストックを洗いざらいチェックしてみることにする。案外、即筆入れできそうな生きのいいのを放置してたりするかも。
まず、仕事で使っているポーチバッグの中から、勤務中に閃いた創作メモを書きなぐり続けている紙切れを引っ張り出す。はっきり言って、うちの会社や業界に関する悪口雑言が、アイデアメモの体を成しているだけ、という代物だが、その分感情がこもってるんで、書き出すとしたら高いモチベーションが維持できそう。しかし……これ一つでストーリー一本書ける、というようなものはないな。小ネタの類がほとんど。
会社の悪口で短編一つ作るとするなら、書いて書けないことはないというものが実は一本ある。というか、試しに一つの筋にまとめてみたら、(プロットだけ)出来た。ただ、発表するとしたらどうなんでしょうね、これ。どこにでもある会社の話と言えそうで、実はかなりうちの社を特定できるような要素が入っているのかもしれないし、あまり勢い込んでアップしてしまうとえらいことになるかもしれん……。
まあでも、ほっといたら構想もやる気もどっかに流れていきそうなんで、書きかけの小説として大まかな箱書きだけダッシュボードに残しておくことにする。暫定タイトルは、「大手流通Q社がAIを導入しても絶対に増収増益できない13の理由」。最初「108の理由」にしようかと思ったけれど、文中に一つ一つ箇条書きでツッコむ形にしてもいいなと考え直して、現実的な数字に。っていうか、うちって大手だっけ? ま、どうせ匿名だからいいか。
さて、このタイトルの横の表記が「未公開」でなくなるのは、いつのことか――。
三月x日
もしかしたら一晩で作品にできるような書きかけが転がっていたかもしれない、と妄想に近い期待に駆られて、ダッシュボードの並びを今更のように総ざらえしてみる。
今現在、湾多の発表作品数は48ということになっているけれども、ダッシュボードだと62行出てくる。つまり、未発表タイトルが14もあるということ。もちろん、完成済みのものなどない。ほぼ全部、おおまかなあらすじのみか、冒頭の数行だけか、ひどいのになると意味不明のアイデアの断片が並んでいるだけだったりする。
もうこれ削除していいよね? というものもいくつかあるのだけれども、一応八割ほどは「あと一押しか二押しすれば、一気呵成に書き上げられるレベルの草稿」ということにしている。というわけで、何か今年の新作にまつりあげられるものはないか、と一つ一つ中身を確認して回ったのだが――
うーん、ないな。というか、どれも中編規模にならんか、これ? いくつか「掌編にはなってる」ものもあるけれど、これをそのままショートショートにしても「だからどうした」で終わりそうなネタばかりだし。これは語りの角度の問題なのか、それともネタにしちゃいかん程度の凡材なのか。
なんだか、ショートショートの書き方そのものがすっぽり頭から抜け落ちてるような気がしてきた。ちょっとどこかで勉強してこよう……って、今からおさらいして今年の新作を一から書くのって、どうよ。
三月x日
最近ご無沙汰しているS氏のページに寄ってみたら、連作ショートショートの新作をアップしたばかりのようで、さっそく勉強させてもらった。……うーむ、この人は天才か? というのは、ここしばらく自分のダメダメな書きかけばかり読んで著しく判断力が偏っている状態ゆえのひいき目かも知れないが、それにしてもこの人の、技巧がクロスオーバーしまくった密度の高さよ。少し分析しただけで、なんだかその辺の凡庸なアイデア組み合わせて一本書けそうな気がしてきた。いや、書かんけど。
レビューどころか応援マーク一つおいてこなかった口が言うのもなんだけれども、この人はもっともっと注目されていい作家のはずである。フォローもし合ってない相手なんで、ここでこんなことを書いているということもご存じないだろうが、まあ近いうちにまたコメント入れよう。ひところは文章創作へのモチベーションが落ちて落ちて仕方ない、などと悩みをつづっておられたが、なんとか持ち直されたということだろうか。でも、本人判断でわりと大量の作品をばっさり非公開にしてしまったりもする人なので、読めるうちに吸収しておかなければ、とも思う。というわけで、また一つカクヨム上でやることが増えた。
三月x日
スゴ技の他人の短編を読んでも、すぐにキレッキレのショートショートが書けるわけではない(当たり前だ)。というわけで、ネタあさりの最終手段、「ネタ帳総チェック」に取り掛かる。
湾多のネタ帳はA5サイズのバインダー帳である。一応、二十年以上使い続けてきてるものだが、カバンの中に入れたまま何年もほったらかしだったこともあるし、最近でさえしっかり活用しているとは言いがたい。というか、ここ十年ほどは紙幣やレシートを挟み込む使い方しかしてなくて、事実上財布代わりになっている。
それでも、ちょっとしたメモ以上の構想はだいたいそこに書き込むようにしてきたので、蓄積してあるボリュームはなかなかのもの。まあ、メモの書き方も知らない時期からの記録も多いんで、期待はできないだろうけど……と、ルーズリーフを一枚一枚めくっていったところ――
おお! ……なんか……えらく具体的なアイデアが……。意外にも、と自分で言うのもなんだけれど、メモの断片と違って、一応はストーリーになってるアイデアみたいな書き込みが多いんで、なんだか即効性がありそう。うん、やっぱりこまめに書き込み続けたネタ帳ってこういう時に使いでがあるよね。
もっとも、そんな中で「ああ、これ!」と目を留めたのは、ストーリーの断片を記した行ではなく、やはりメモ書きみたいな六文字ぽっきりの短い言葉だったのだけれど。
それはとても古いネタで、それ自体はちょっとした都市伝説のような、ほんの十五秒程度で話し終えてしまうような、ただのヘンな話でしかない。いつかこれを小説で使いたいと思いつつ、けれども読んで面白いようなストーリーになかなか組み上げられず、キーワードだけをネタ帳に書き込んで、ほとんど封印のような形で放置してきたネタだった。
今なら書けるんじゃないか、と思って、腕組みすること数分。あっさりプロットは出来上がった。いや、まだまだ手を入れることになるかもしれないけれど、これならちゃんとスラップスティックコメディになるやん、という程度には、ストーリーの形に持っていけたんである。うむ、石の上にも三年、とは言うが……投稿サイトで駄文を書き散らした三年間は、ムダではなかった、ということだろうか。
ところでそのタイトルだが――まあこれは近々、今度こそ間違いなく公開作品になるだろうから、その時にでもと言うことで。ああでも、短くて読みやすい掌編、という分量にはならないのかな? なんだか、さんざん彷徨して「すぐにでも発表できる今年の新作」ってものがどんどん遠ざかっていくような。いったいここまで書いては止め、調べては止めた中途半端な時間は何のために――
と、ここで閃いた。ここまでの経過を語るだけで、立派に作品になるではないだろうか? そう、カクヨムには創作論というジャンルがあるのだ。ここ数日の行動の記録なんだし、「新規アイデアで新規の文章作品を書く」という自己目標もクリア。至れり尽くせりではないか。
三月x日
というわけで本当に新作として本文をアップ。「早く今年の新作をアップしなければ」という強迫観念から解放されて、とりあえず気が楽になった。あ、もしかしたら来年からもこのパターンでいけばいいんじゃね? なんとグッドアイデア。でも「このパターン」ってなんだ? 来年も繰り返せるパターンって?
まあ先のことはいいや。さて、長編の連載に戻ろうかね。これでしばらくはゆったりペースで――
ん? 何か書き忘れてる? え、今新作発表したばかりやんね? 他に急いで書くことになってる文章って? ……あったっけ? あったかな? あったらそのうち思い出すはずやね。思い出さんかったらなかったってことやね。おかしくないわね。じゃあそういうことで。
<了>
湾多珠巳の2025年新規第一作執筆日記 湾多珠巳 @wonder_tamami
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