ヒナ祭り

脳幹 まこと

死と生は入り混じる


 某県では毎年三月三日に「ヒナ祭り」という祭典をり行っている。

 普段は閑古鳥かんこどりが鳴く僻地へきちであるが、この日だけは異常な熱気に満ちている。

 今年のヒナ祭りには、全国各地から五千の参加者がやって来た。


 各人の足元にはバケツが置かれている。

 中には足をいだヒナがぎゅうぎゅうに詰められ、チッチッチという鳴き声が数万、数十万と木霊こだまする。

 それ以外の音は何一つない。他の昆虫や動物達が寄らないよう、一カ月前から下準備を整えている。ここはヒトとヒナだけの聖域なのだ。


 号砲が鳴ると同時に、期待に顔を引きらせていた彼らは、ヒナをむんずと掴み、相手に向けて放り投げる。

 べちゃりという音、暖かな風、獣と血の臭い。

 彼らは自分の髪を引き抜き、肌に爪を立てて、喜びを分かち合った。


 ヒナ祭りは二部構成である。

 第一部では参加者は叫びながら我武者羅がむしゃらに走り回る。ヒナを相手にぶつけたり、石垣にぶつけたり、むしゃむしゃとむさぼったりする。

 バケツの中のヒナがなくなっても、時間が来るまでは終わらない。飛び跳ねたり、ゲラゲラ笑ったり、生き延びたヒナを踏みつけたりする。


 彼らの熱量は時間の経過とともに高まっていき、血塗れの夕暮れ時に最高潮を迎える。


「トリの降臨じゃーーー!!」


 音もなく彼らの頭上にあらわれた全長五十メートルのカラス状の物体。

 それがトリである。


 第二部のはじまりだ。

 我先にとトリに組みつく者達。数千人の肉団子である。

 ヒナを一番多く殺したのは俺だ、私だ、いやワシだ、と口々に獲高とれだか自慢をする。

 そんな彼らを見たトリが翼を広げると、その羽根一つ一つがくちばし状に変化する。

 数多あまたの首が彼らの首をついばみ、ぶちりとひねりちぎる。


「うひぃ、最高――」


 恍惚こうこつの顔を浮かべて、彼らの頭部は地面へぼとりと落ちた。

 参加者全員が生首と化すのに十分もかからなかった。


 その場のヒトを鏖殺おうさつしきったトリは、我が子の死を悲しむような素振りを見せた。

 目の部分から流れる赤い液は、血涙けつるいのつもりか。

 会場全体にその液が浸透しきった時、五千の生首が一斉にもぞりと動きだした。

 それから彼らの皮膚にひびが入って、ぱかりと割れた。

 バケツの中から無辜むこのヒナ達がびちびちと外へ飛び出てゆく。


 薄明はくめいの大地に、薄桃色が満ちる――


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