自分一人で、自分らしくなれるわけじゃない
- ★★★ Excellent!!!
特徴ある作家の小説が「あの人が書いた」ってわかるように、この作品もたぶんそう。他の人には書けそうもない。
すっごい癖が強い。でも引き込む力が凄い。心理描写が行間やレトリックに埋め込まれてて、やや難しい内容だけど、読むほど砕けてきてスルメみたいに味がでます。
誤読ご容赦。
「自分らしく」っていうけど、アイデンティティって他人とのつながりで形成される。
先輩と知り合った頃は、陽キャな彼女だった(そう願望していた)「あんり」も、
遊ばれてたと発覚したら、ボロアパートの布団で膝を曲げてひとり耐えている宙ぶらりんの「なにか」になってしまう。
あんた誰?と聞かれて、自分でも「だれだっけ?」
解離症状を起こしたような杏里は、春冬いわく「変な人」けど放っておけない。
その不器用な人との接し方が、実家、隣室、先輩、全方位から蹴られて形成されてしまったように見えるから。
杏里と春冬の会話は、どっちも人間苦手だから、言葉を取り繕うことを知らなくて、殴り合ってるように見える。
杏里がいいがかりみたいな長文を打ち込むと、春冬は3分考えたあとに「長い」って答える。
春冬はちゃんと読んでいるんだね。
つっけんどんでも春冬の「杏里が求めるなら、その繋がりを切らない」本音が行動に出てるから、裏表の顔がある大人の世界でぼろぼろにされた杏里には滲んだんだと思う。
文面で会話が噛み合ってないのに、行間で信頼が積み重なっていく表現は、作者さまの天性だと思いました。
杏里って不器用で愛くるしいキャラも含め、こんがらがった空気を書くのがすごく上手
含みが多く文芸寄りな前半と変わって、後半は糸をたぐり寄せるようにストレートな恋愛小説。
姿の見えない相手が、声、姿、どんどん明らかになってきて、会いたいのに勇気が出ない。すぐ傍にいるのに、相変わらず内気な杏里の葛藤がもどかしく、がんばれという気持ちになりました。
杏里と誰かが呼んでくれるから、初めて杏里になれる。