第19話 君の詩

ケーブルの巻き方が難しくて全然できない。

ふわっと長い髪が近づいてきて華奢な手が私からそれを奪い取った。


「芽実ちゃん。すっっごくかっこよかった!崩れないようにするの大変だったよ」


目の周りがまだピンクのまま優しい笑顔をくれた。

「凄かったね、鬼気迫る、って感じで。ライブハウスかと思ったよ」

ねえ、と先輩ふたりが頷き合う。

「ロックだった」

と後藤くんが褒めてくれたのに

「眼鏡めっちゃ曇ってたねー!」

と奈良が七星の代わりの様にいじってくる。


うるさいよ。

と言いながらケーブルを巻くのを諦めて機材を軽音の部室に運ぶことにした。


「一緒にいく」

と藤澤くんが後を付いて来た。


祭りが終わった校舎には同じように後片付けをする生徒たちがぱらぱらと残っている。

七星はクラスの出し物を綺麗にゴミにしてからさっさと帰って行った。




「君の書く詩は言葉が難しすぎるよ」


長い沈黙を破ってみた。


「出処がまあまあ詩的だからね」


「それはそうだね」


「でも、そんなに重く無いから、って怒られたよ」


あははと笑った。


「あの人たち見てたり、渡瀬先輩の話聞いてたら色々頭巡っちゃって。最初は勝手に書いてただけなんだけど奈良が気付いて。曲にしようってなって。長岡にも作りかたとか相談してたんだ。まあほとんど想像だけどね」


「へえ、そっか」


よいしょ、とスピーカーを持ち直す。


「ほんと、あの時はうっかりしてた」


「?」


「あの日の昼休み、居なかった渡瀬先輩が急に音楽室来てさ、慌てて机にしまったんだけど、自分のパートじゃない席に置いたまま移動しちゃって」


突然話の内容が飛んだので“あの日”を見つけるのに少し時間がかかった。


「あぁ、私が見つけたとき」


「ノート捲って中身見られて。忘れ物だって長岡に渡さずに教室出て行った中川さん見てて血の気が引いたよ」


「……すみません」


「キモい文章、とか歌詞書いてることとか絶対いじられて、ああ、俺の高校生活終わるんだ。って」


とりあえず申し訳なさすぎて前だけを見て歩くしかない。


「そしたらなんか軽音にまで入ってくるし、桜木先輩の代わりに歌うとか言い出すし、コイツなんなんだってほんと腹たった」


「あぁ……はは……」


やっぱりめちゃくちゃ怒ってた。

内容をどれだけ褒めても多分逆効果だわ。


軽音楽室の戸を開く。


「でも、今日めちゃくちゃいいライブしててほんとかっこよかった」


「あ、ありがとう」


「で」


「ん?」


「なんで勝手にあのノートに書いたの?」


藤澤くんが自分の持っていたスピーカーを下ろしながらこっちを見ずに訊いた。


「……伝えたかったから」


私も彼の方を見ずに答える。


「口では上手く言えそうになくて。申し訳ないし。ちゃんと伝えられる自信もなかったから」


だから藤澤くんの水色のノートに自分のことばを、“そら”を受けて自分が感じたおもいを綴って返した。


「良かったよ。なんか俺が書くのと全然違って、柔らかくて優しくて」


「あ、アリガト。」

冷静になれば、なんて変なことをしたんだろうと恥ずかしくなった。


「うん。特にあれ、いいね。『柔らかい光線が夕空の瞳に反射して目を細めた。確かめたくてその頬に触れたくなった』ってやつ」


色素の薄いその瞳がこちらを向いた。


「“夕綺”の意味とか考えて書いてくれたの?」


説明させられるのか。なんて恥ずかしい。


「よく覚えてるね……んあー。うん。夕方の空の紫とかピンクとか綺麗で。君の目に反射してて。それがまたきれいで」


だってそのあとは


「『触れたくなった』ってことは、俺のこと好きってことでいい?」


「ねぇ……」


読み解くのやめてよと顔を伏せると笑っていた。


「俺も書きたくなったんだ、あの爆発しそうな感情を押さえ込む声がすごく愛おしく思えて」


「なにそれ。いいけど意味わかんない言葉ばっか使わないでね」


藤澤くんが私の手を繋いで、また片付けるために音楽室に戻った。


夕陽を細く映す目が綺麗。

君が書く詩を添削してあげる。

週が明けたら入部届を出そうと思った。


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きみを書く 羽守七つ @nana_tsu

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