青年の戦いは、『祖国』と宣言するところからはじまる
- ★★★ Excellent!!!
まず、お断りさせていただきます。
本レビューは「リンデル王室史話」におけるあるキャラにスポットを当てたものです。
ネタバレチェック入れていますが、本当にがっっっつりネタバレしてますので既読推奨です(レビューの趣旨理解してる?)。
彼について語るのであれば、別途短編として公開されている「ある王国の青年士官の決意」に対してレビューをつけるべきではないかとも思いましたが、個人的には令和7年3月に開催された九州コミティア頒布版の同作品を先に拝読した経緯から、私にとっての「ジャック・レオポルド」の物語はこちらだなと。
端的にいうと切り出されてある短編部分を先に読むか後に読むかという話なのですが、後に読んだ時の遅効性の毒がじわじわと効いてくるような情緒へのダメージがあまりにも巧みで印象的だったので、「第六近衛兵団編」は「ジャック青年とアルス王子の物語」としてレビューを書きたいと思いました。カクヨム初読勢の皆様におかれましてはなんか毛色の違うのがシュバってきたなと優しい気持ちで読んでください。
本作では、幼少時の不幸な事故により、父王から冷遇されることになってしまった少年、アルス王子を主人公として物語が進んでいきます。
のっけから自己肯定感低めでセルフネグレクト気味なアルス王子。
能力も高く思慮深い性格であるのに、自罰的な考え方や言動が多く、妹のユーフェミア(またこの子が可っ愛いいんですよ)からも心配されるくらい『冷遇され慣れてる』というか、どこか『放っておけない』感じの少年という印象を受けました。
(おっさん好きとしてはここで声も態度も器もでっけえ男ギブソンさんや、本作の清涼剤たるあほ可愛いギルくんについても小一時間語りたいのですが、話が長くなるので割愛。)
そんな主人公の前に現れる青年士官、ジャック・レオポルド。
地位の高い家系に生まれ、意識を高く持ち、エリート士官への道を歩んでいた彼は、ひょんなことから冷遇王子アルスの直下、第六近衛兵団に配属されます。
登場時の彼の印象は、総合職キャリア組はては幹部候補生か、といったお行儀の良い外面に、自分の思い描く出世コースから外れた焦りを内在した青年でした。
日頃、世間の荒波に揉まれる木っ端社会人の身からすると、「あーいるよねーこういう上澄みの意識高い系ー」という若干鼻持ちならない感じ。ただ彼は自分が持ったステータスを振りかざすような人物ではありません。根っこから育ちの良さを感じさせます(は、はいぼくかん…)。
アルス王子の従者となったジャックは、その有能ぶりを遺憾なく発揮して、テキパキとその世話を焼きまくります。元々面倒見のいい性格なのでしょう。『放っておけない』系の主人公とは相性が良さそうです。
第六近衛兵団の拠点であるリブラル城を中心に、もう、この二人がどんどん仲良くなる。
末っ子属性ギルくんもアルスとは別の意味で放っておけません(礼儀とか、敬語とか、規律とか)。
過ぎていく日々の中で、段々と兵団のお兄ちゃんになっていくジャック。「エリート士官」という外殻の中にちゃんと血の通った人間がいることが分かってきて、その頃にはもう心の中で彼を「ジャックさん」とさん付けで呼んでいました。
こうしてほのぼのと寄せ集め集団が団結していくお話なのかなっ、と思って読み進めていくと、我らがお兄ちゃんに異動の内示が(組織ってやつのいやなところ)。
急に訪れる別れ。しかしアルス王子もジャックさんも軍に身を置く『物分かりのよい』若者たち。しんみりとしながらもサクサクと離別モードに心を切り替えます。
寂しいとか、行かないでほしいとか、行きたくないとか、そういう気持ちを一切口に出さず、「またいつかどこかで会いましょう」と別れの挨拶を交わす二人(私は読みながら「ヤダー! ジャックさん行っちゃヤダー!」と地団駄踏んでいました)。男子って奴はよぅ…!!
ああこれは第六近衛兵団が(というかアルス王子が)ピンチの時に出世したジャックさんが颯爽と駆けつける展開がこの先にあるんだな! と思いました(既読の方、ニヤニヤするところです)。
しかしながらポンコツ読者の予想を大きく裏切り、彼は遠く、アルスの知らない場所で若い命を散らします。
(このあとクソおやj…王様との噛み合わない会話やでっけえギブソンさんのでっけえ男ぶりに感心する展開があるのですがさておき)
ただでさえショックなのに「ここで確実に読者の情緒の息の根を止める!」とばかりに投入されるジャックさんの生い立ちに関する幕間。
彼がこれまで、その高貴な生まれ故に自分が思う自分の身の丈よりも大きく在ることを要求されてきた過去が開示され、すでに瀕死の情緒に追い打ちをかけてきます(こうか は ばつぐん だ!)。
魔法を使用する際の設定として「古代語で好きな言葉を三つ選ぼう」というものがあるのですが、彼がその一つ目に選んだ言葉は『祖国』。
どんな言葉を設定してもいい場面で、選ぶ言葉が『祖国』…!!
そこにきっと悲壮感はありません。彼にとって一番身近で、扱いやすい言葉がそれだったのでしょう。
その読者と彼との間にある認識のギャップがものすごいエネルギーで情緒をかき乱してきます。幕間に入る前には「彼らしい」とすら思っていたおまじないの言葉が、全て読み終わった時には「何が彼らしいだ!」と過去の自分を呪いたくなる構成が、た、匠の技…!!という感じで、日頃の創作においていかに情緒をぎったんぎったんにするかをウキウキ考えてる自分への見事なカウンターになりました。もっと持っていこ、人の心。
取り止めがなくなってきたので総括。
本作はアルス王子が政変王と呼ばれるまでの物語とあり、第六近衛兵団編はそのスタートラインに立つまでを描いたものだと思っています。
彼にはこれから数多くの出会いがあり、きっと別れもあることでしょう。
しかし辛いことがあった分、寂しい思いをしてきた分、それが報われる日がくることを心から願わずにはいられません。
(意訳→つ、続きはよ…!!)
作者様ご本人も言われている通り、ヴィクトリア朝風の世界観、貴族階級のなんやかや、ロイヤルな方々周辺のちょっとした描写や設定にも非常に力が入っています。
文体やさわりは優しげな剣と魔法のファンタジーであるのに、蓋を開けたらゴリゴリの政治劇、ミリタリ要素を多分に内包したストイックな作品で、そのギャップがまた独特の味になっていると思います。手練のギャップ使いです。みんな気をつけて。
完結までしっかり追いかけて最後に後方で腕組みしながら「見なよ、俺のリンデル王室史話を…」ってやりたい。
と時事ネタを織り込みつつ締めたいと思います。
今後の展開に期待!!