6. 嘘つきは泥棒の始まり
次の日、私は昨日の出来事を思い出しながら学校へ向かう。
なるべく考えないようにしていたが、あと少しで彼に会うことになると思うと、いやでも頭に浮かんできてしまう。
そんな緊張と心配を仮面の下に隠し、私はいつものように笑顔を張り付けて扉を開ける。
「おはようございます」
みんなが笑顔になり、挨拶を返す。
私が自分の席のほうを見ると、そこにはすでに亮がいた。
でも彼は春馬や啓介と話していて、私に話しかけてくることはおろか、こちらをちらりとも見ることはなかった。
「おはよー奏―!」
私はあまりにいつも通りすぎて驚いたが、普段通り何事もなく席に着き、由梨花と話し始めた。
その後特別いつもと違うことは何も起きず、午前の授業が終わった。
私はお弁当を鞄から取り出し、由梨花のほうへ行こうとする。
すると突然、後ろのほうから声が聞こえた。
「北条さん、一緒に食べない?」
またいつも通りのお誘いかと思い振り向くと、そこにいたのは亮だった。
(えっ・・・)
私は一瞬、体が震えた。
当然だ。昨日の今日で、まさかただ一緒に食べようだなんて普通は誘わないだろう。
昨日の続きを話すつもりなのだろうか。
だが私は、彼の次の言葉を聞いて驚いた。
「あ、いつも一緒に食べてる音乃瀬さんと、あと昨日俺と一緒にいた啓介たちも一緒に!」
私は彼の正気を疑った。
昨日あの後、頭でも打ってすべて忘れたのだろうか。
いや、でも彼は私と話したことを覚えている。
では一体何のつもりだろう。
わざわざほかの人がいる前でその話をするつもりなのか?
でも彼は昨日誤って言ってしまったようなしぐさをしていたし、そんな嫌な考えがあるようには見えなかった。
なら本当にただ一緒に食べるだけ?
だとしたら、昨日あんなことがあったにも関わらず、よくもまぁいつも誘いに来るあの生徒達のように軽々と誘えるものだ。
彼に気まずいなどと言う感情はないのだろうか。
私が呆気にとられながらそんなことを考えていると、由梨花が来た。
「奏―?また誘われてるの?えっ今日は千波君?」
「あっいや、なんか由梨花もみんなで一緒に食べようって言われて」
すると奏は少し驚いたような顔をして、私に言った。
「そうなの!?じゃあせっかくだしみんなで食べよ!」
私は驚いた。
正直、奏は昨日のように彼を追い払うのだと思っていたが、今日は違ったようだ。
普段来る人たちはみんな私目的なので、私のみを誘っていたが、今日はみんなで食べようと言っていたので、私に危険はないと判断したのだろうか。
そんなことを考えているうちに春馬と啓介も現れ、いつも私達が食べている中庭に移動する。
みんなで同時に手を合わせ、いただきますと呟く。
こんなに大勢でお弁当を食べるのは、いつぶりだろうか。
最初は何が起きるのかと身構えながら食べていたが、食べ終わる頃にはそんな気持ちはどこか彼方へ消え去っていた。
亮は特に昨日のことを掘り返すような話はせずに、ただみんなで軽い雑談をしながら楽しく食べていただけだった。
今日の授業が全然理解できなかっただとか、週末は何をするのかとか。
どうやら私の考えすぎだったようで、今日の昼休みはいつもより賑やかに終わった。
午後の授業はいつもより眠くなることはなかった。
昼休みの出来事が頭に鮮明に浮かび上がる。
普段は私の容姿やお金目当ての人しか寄ってこなかったため、こういう風にただの男友達とお弁当を食べながら話すなんてことは私にとっては特別な時間だった。
柄にもなくまたあの四人で食べたいな、なんて思ってしまうくらいには。
午後の授業が終わると、由梨花は私にまた明日と挨拶をし、そそくさと教室を出て行った。
由梨花は高校一年生にしてダンス部の部長で、踊るのがとても上手い。
どの部活でも最高学年が部長になるのが普通だが、由梨花のダンスの上手さはそれなりに有名だったため、彼女が入部する前から勧誘されていた。
次のダンスの発表まで残り一週間しかなく、昨日から毎日バスケ部の体育館を借りて練習を行うらしい。
本当はもっと前から借りたかったらしいが、バスケ部も使いたかったらしく、少し揉めたとか。
ちなみに私は茶道部で、昨日と今日は部屋の点検のため、お休みだ。
私は帰ろうと思い昇降口を出るが、水滴が私の目の前を通る。
外は雨が降っていた。
さっきお昼を食べていた時までは晴れていて、私は傘を持ってきていなかった。
スマホで天気予報を見ると、あと少しすれば止むらしい。
こんなにザーザー降りなのに、本当に止むのだろうか。
私はスマホの画面を疑いながら、仕方がないのでとりあえず少し待ってみることにした。
すぐ横にあるベンチに座り、目を閉じて雨の音を聞く。
意外と嫌いじゃないな、なんて思っていると、いきなりすぐ横で声がした。
「大丈夫?」
そこにいたのは亮で、私のほうを不思議な目で見ている。
「こんにちは、千波さん。雨が降っているので、止むのを待っているんです。」
「そうなんだ。この雨止むの?」
私はさっきまで見ていたスマホの画面を見せた。
「へー、俺も傘ないし待とっと。」
亮は私の隣に座った。
シーンとした空間に、ただ雨の音が響いた。
何か話しかけた方がいいかなと思い、私は少し気になっていたことを聞いた。
「千波さんは、部活ないんですか?」
そう聞くと、彼は苦笑いをしながら答えた。
「んー今週はないかな。ダンス部がバスケ部の体育館使ってるんだよね。」
(そういえば彼はバスケ部のエースだったな)
「そういう北条さんこそ、部活ないの?」
亮が聞き返す。
「昨日、今日と部屋の点検があって、ほかにできる場所がないので。」
私がそう答えると、亮は「そっかー」と残念そうな声を出して言った。
またもやしばらくの無言が続き、それを破ったのは亮だった。
「ていうかさ、友達だしタメで話さない?北条さんいつも音乃瀬さん以外に敬語だし。呼び方もさ、せっかく仲良くなったんだし亮って呼んでよ!」
いきなりそんなこと言うものだからびっくりしたが、私は眉を八の字にして言った。
「そう言ってもらえるのはうれしいですけど、私が呼び捨てで呼んだら、千波さんに迷惑をかけると思いますよ?」
「んー俺は平気だけどなー。まぁせめてもう少し軽く呼んでよ!呼び捨ては、できるときでいいからさ!」
私は戸惑ったが、とりあえずと思い彼を呼んだ。
「えっと・・・じゃあ千波君?」
私がそう言うと、亮は嬉しそうにニカッと笑った。
「うん!奏!」
私は一瞬動きが止まった。
まさか自分が呼び捨てで呼ばれるとは思っていなかったからだ。
きっとこの後は照れるのが良い反応だろう。
私は相変わらずそんなことを考え、彼の期待に応えるように演じた。
口を少し開き、そしてまるで照れ隠しをするようにそっぽを向く。
彼はしばらく何も言葉を発さなかったが、きっと昨日の春馬と啓介のように顔を赤くしているのだろう。
そう思っていた。
でも、それは間違っていた。
「ねぇ、それ、本当に思ってる?」
ドクン
心臓の鼓動がいつもより大きく聞こえた。
私は亮のほうに顔の向きを戻し、彼の様子を伺った。
彼の表情は昨日と同じように、真剣な顔つきでこちらを見つめていた。
「奏さ、今、本当は照れてなかったでしょ。」
なぜだ。
今まで私の嘘が見抜かれたことなんて一度もなかったのに。
亮は言葉を続ける。
「俺さ、実は中一の時、奏と同じクラスだったんだよね。見た目とか性格とか結構変わったし、気づかなかったでしょ。」
私は、彼が何を言いたいのか気づいてしまった。
(あぁ、千波君は気づいちゃったんだ、私の仮面に。)
ここまで言うのなら、もう確信を得てしまったのだろう。
「ようやく本心が見えた。」
最初は何を言っているのかと思ったが、気が付いた時にはもう遅かった。
私は演じるのを忘れ、今まで人前でしたことのない、悔しいような苦しいような表情を無意識に浮かべていた。
「ねぇ、奏。奏はどうしていつも人前で自分の本心を隠すの?初めて会った時からそうだったけど、中学の時からさらに何か変わったよね?」
体が勝手に反応した。
彼は運動はできるが、そこまで勉強ができるわけではない。
でも昨日も今も、どう考えても頭の悪い人間がわかるわけのないことを見抜いていた。
その目は私に、どんなに嘘をついても無駄だと言い切っているように見えた。
「奏の両親ってさ、有名な政治家だったんだよね?それと中学のあの時、俺は奏が“嘘つきは泥棒の始まり”って言葉に反応したように見えた。」
“噓つきは泥棒の始まり”
この言葉を聞いた途端、頭が真っ白になった。
あの時の記憶が鮮明に思い出される。
再び同じ感情が私の心を支配する。
あの絶望に満ちた感覚、自分の生き方を否定されたような言い方。
私は怖くなって、まだ止んでいない雨の中を走り出した。
亮はいきなりベンチから飛び出した私を見て何か叫んでいたが、その時の私には何も届かなかった。
嘘つきは泥棒の始まり @ocean_moon62
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