線上の点ピー


 正直、泣きそうだった。でも、辛うじてこらえた。


「……先輩って、結構いい人ですよね」

「ありがと。こういうの言うと、結構引かれちゃうからさー」


 先輩は照れ隠しなのか、チョコをもう一粒口に放り込んだ。


「まあでも、考えるだけならタダだからね。ひょっとしたら並行世界では私が君の奴隷になってる可能性だってあるわけだし」

「は?」

「どんな可能性だって、考えるだけならタダでしょ」


 唐突な話の転換に、僕は一瞬ぽかんとした。


「え、先輩が僕の奴隷に、ですか? だったら……もちろん先輩の■■を■■■して」

「■■■? 君、今、■■■って言った?」

「はい。先輩の■■を■■■して、それから■■■■したいです」

「うわー、君って結構引くこと言うんだねー」

「どうですか?」

「やられる側より、やる側の方がキツかったりするんだよ? 最後の思い出に試してみる? いま・・ここで・・・


 笑ってこそいるが、確実に冗談で済まさない顔だ。

 やめとこう。


「……すみません、調子乗りました」

「ま、おバカなことを考えられるなら、それは終わってない証拠だよ。お気楽に生きてみたまえ」


 先輩はまたチョコに手を伸ばした。


「先輩」

「なに? 今度はどこを■■■したいの? ■■■■■か? それとも■■■■■なのか?」

「ち、違います。今度は本気のやつです」

「はあ、本気とはなんぞや?」

「LINE、交換しませんか?」


 意外な申し出だったのか、先輩はキョトンとした顔になった。


「……えっ、うん」

「いいんですか?」

「いいよ別に。減らず口のせいか、友達が増えなくてねー……」


 はにかんだ。

 意外と愛嬌ある顔してるな、この人。

 QRコードを読み取って、友達登録が完了する。たったそれだけのことなのに、何かが少し軽くなった気がした。


「じゃ、私そろそろ行くね。卒論の最終チェックがあるから」

「あ、はい。お疲れ様です」

「君も、あんまり根詰めないでね」


 先輩は立ち上がり、コートを羽織った。ドアノブに手をかけて、振り返る。


「あ、そうだ。チャップリンって知ってる?」

「喜劇王の?」

「うん。あの人がこんなこと言ってたんだって。『人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ』って」

「……」

「今は辛くても、十年後には笑い話になってるかもよ。じゃね」


 先輩は軽く手を振って、部室を出ていった。



         *



 一人になった部室で、僕はゆっくりと考える。

 状況は何一つ、変わってはいない。

 日本の少子高齢化も、就活の厳しさも、サークルの廃部も。

 僕が絶望していた現実は、そのまま目の前に横たわっている。

 でも、先輩の言葉が頭の中で反響していた。


 世界は僕を入れる容器ではない。

 運が良かっただけで存続している。

 葉っぱが一枚、ひらひらと旅に出ただけ。

 人生は遠くから見れば喜劇。


 今を頑張ってみる。そういうことだ。

 僕の前に道はないのかもしれない。いくら探しても見つからないかもしれない。

 でも、最初はどこにも道はなかった。風変わりな誰かが草むらを歩いて、同じ場所を歩く人が多くなって、それが道と呼ばれるようになったに過ぎない。

 頑張ってみよう。根を詰め過ぎて、どうかなりそうだったら、その時に次のことを考えよう。

 ふと、くだらないことを思いついた。


——もし生まれ変わったら、誰かの■■ピーを隠す点に……点ピーになりたい。


 くだらない。あまりのくだらなさに、つい頬が緩んだ。

 数学の問題でお馴染みの「点P」と、放送禁止用語。そんなしょうもないダジャレ。

 でも、これでいいんだ。

 やらない善よりやる偽善、使わない至言より使う冗談だ。

 気休めだろうが、ごまかしだろうが、少しでも生きるのに希望が持てるのなら。

 チャップリンの言う通り、今は悲劇でも、いつか喜劇になる。

 どんなにくだらなくても、それは営みのひとつだ。


……うん。


 どうせ点ピーになるなら、次もここに生まれたい。

 可能性は無限にある、この世界の線上ラインに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は点ピーになりたい 脳幹 まこと @ReviveSoul

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ