概要
親父が死んだ。おれは死んだ親父を殴った。
そしておれは親父の顔を拳で殴った。
まだ弾力のある親父の顔がバチンとゴムみたいに揺れて、首が向こう側を向く。
「親父、起きろ」
そしてまた親父の横っ面を殴った。親父の顔がバウンドして反対を向く。
「おい」
また殴ったが、親父は息を吹き返すことはない。
「……しょうがねぇな」
〈本文より〉
昔、近縁の身内のお通夜の前日、寝ずの番に参加した時のことです。夜遅くに会館に到着したぼくを、その家の息子さんが迎えてくださり故人の眠る部屋まで案内してくれました。彼はぼくと一緒にその部屋に入ると、故人の枕元であぐらをかき、とつぜん故人であるお父さまの顔を殴りはじめたのです。親父起きろ、おい親父、勇嗣くんが来てくれたぞ、おい親父、起きねぇのか、しょうがねぇなまったく、と。ぼくはその光景に圧倒され
まだ弾力のある親父の顔がバチンとゴムみたいに揺れて、首が向こう側を向く。
「親父、起きろ」
そしてまた親父の横っ面を殴った。親父の顔がバウンドして反対を向く。
「おい」
また殴ったが、親父は息を吹き返すことはない。
「……しょうがねぇな」
〈本文より〉
昔、近縁の身内のお通夜の前日、寝ずの番に参加した時のことです。夜遅くに会館に到着したぼくを、その家の息子さんが迎えてくださり故人の眠る部屋まで案内してくれました。彼はぼくと一緒にその部屋に入ると、故人の枕元であぐらをかき、とつぜん故人であるお父さまの顔を殴りはじめたのです。親父起きろ、おい親父、勇嗣くんが来てくれたぞ、おい親父、起きねぇのか、しょうがねぇなまったく、と。ぼくはその光景に圧倒され
おすすめレビュー
新着おすすめレビュー
- ★★★ Excellent!!!流れる血は記憶となりて
読後感の凄まじい作品でした。もちろん読み進めている間も物語や言葉の一つ一つが次々と胸に刺さってくるのですが、そのすべてを受け止めた先の余韻は他作品では味わうことのできない奥深さがありました。作品の要となる人物は職業や生活背景は違えど、自らの父と重なる部分が多くあり、それが読後感を一層引き立たせていたのかもしれません。
一言では言い表せない人間性。それを如実に描いたのが本作の最大の特徴といってもいいでしょう。なにかに拘泥し、人知れず研ぎ続ける心という刃。ときにそれは誰かを傷つけることもあれば、誰かを守ることもある。そして、最後は生ける者へと託していく。そうして不滅の存在へと昇華し、記憶を内包…続きを読む