悲しみの連鎖を断つのは、人の痛みを我が物のように感じられるやさしさ――

――またしても、とんでもない物語に出逢ってしまいました。

主人公の桐原時雨は、登校中に自転車で転び、

「きみが殺したんだ。思い出せ。僕の名前を思い出せ」

と仔猫に言われ、焼き殺されそうになるという悪夢を見ます。
学校にある西洋館で、いわゆる不登校のクラスメートと遭遇した時雨は、幼い頃のある記憶を思い出し、仔猫の言葉の意味を、そして仔猫の正体を知る旅に出て――。

本作のジャンルはファンタジーなのでしょうし、私もファンタジーが大好きなのですが、その言葉でひとくくりにしたくはないような気もします。
ホラー要素も伝奇要素もあり、全編にわたって作者様ならではの心地好いユーモアが漂っている。
怖いシーンやシリアスなシーンのあいだに愉快な台詞や文章を入れて、読者を興醒めさせないどころかますます物語に引きこむなんて、離れ業としかいいようがありません。
また、現代はもちろん遠い昔(弥生時代、平安時代、戦国時代あたりでしょうか)まで、風景や光景のみならず匂いや感触まで伝わるように描き出せる筆力や知識も、常人離れしています。

そして、何といっても心に残るのは、登場人物たちの悲しみとやさしさです。やさしさゆえの、愛ゆえの悲しみです。
耐えがたい悲しみに襲われた彼らは、みずからを呪縛し、長い時を彷徨う。
なれど、それを救うのもまた、主人公のやさしさなのです。ひとの痛みを自分のもののように感じられるやさしさ、ひとのために心の底から泣けるやさしさとはこんなにも尊いものなのかと思わずにはいられません。

悲しくて切なくて怖くて美しくてやさしい――それでいてときどきフフッと笑ってしまう、時雨の壮大な旅路は、他にはない物語を探しているあなたを夢中にさせ、読了後は爽やかかつ深い感動で包みこむことでしょう。

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