ご興味がありましたら、アレックスの苦悩(≪ ≫内)付きでどうぞ。
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「べん、きょう、みんな、と……?」 ≪その格好で…?≫
「えっ、ああ、は、はい、そうです」
声が裏返ってしまって、それでさらに青くなった。
(怪しい、絶対今のも怪しい。アレックスの質問はただの言葉の反復だったんだから、普通にしてればよかったのに、ああ、私の馬鹿っ)
「っ」 ≪何でまたそんな事を……大体今更慌てるくらいならそもそもするな……っ≫
けれど、アレックスはそんなフィルにかまわず、音を立てるような勢いで顔を伏せると、右手で額の髪をかき上げた。そのまま頭を抱え込み、何事かを呻く。
「ああああの……」
「……」 ≪指摘する訳にはいかない。が、みすみす行かせるのも、絶対に死んでも嫌だ……≫
動揺を含んだフィルの声も聞こえない様子で、アレックスは膝の上に肘をついた体勢のまま、ぶつぶつ言いつつ黒くて真っ直ぐな髪をわしわしとかき回している。
(ええと、これは、ばれた、とかじゃない、のかな……?)
「あの、どうか、しました?」
「い、や……どうかしているのは、そうか、俺なのか……俺?」
ドキドキしながら恐る恐る訊いた質問に、アレックスは停止した後、天井へと顔を向ける。そして、ちらりと横目をフィルに向けてきた。
「あーもー……」 ≪8年経ったって俺が圧倒的に弱いのは変わらないんだよな……≫
そして、形容し難い顔をして再び目線を伏せると、再び奇妙な唸り声のようなものをあげた。
(な、なんなんだろう……?)
顔を引き攣らせるフィルの目の前で、やがてアレックスは息を吐き出しながら立ち上がった。
「俺も付き合う」
「……へ? 付き合うって……」
「試験勉強に。だから約束をしている奴らをここに呼んで来るといい。じゃなくて俺が呼んでくる」
アレックスの言葉に頭が付いていかなくて、フィルは口をぽかんと開けた。
「それからフィル、風邪気味みたいだから、これも上から羽織っておけ」
そう言いながら、アレックスは自らのクローゼットへと歩み寄り、そこから彼の持っている上着の中でも1番厚手のものを取り出すとばさりとフィルへとかけてきた。
(あ、やっぱりすごく大きい――じゃなくて。ええと、な、なんだか色々混乱して……そ、そうだ、焦らないで1つずつ、だ)
「あ、あの、お、お疲れでしょうし、そんなご迷惑をおかけするわけには……」
「迷惑じゃない。むしろそうしたい、というかそうさせてくれ……」
「え、で、でも……そ、それにここにみんなを呼んでしまったら、結構遅くまで勉強するつもりですし、アレックスが寝られなくなります」
「まったく気にしなくていい――寝られなくなるのはどうせ一緒だ」≪そんな格好で他の男の所に行かれておちおち寝られるか!≫
そう言いながら、ひどく彼は顔を顰めた。
「へ? えと、そう、ですか……? じゃ、じゃあ、せめて私が彼らを呼びに……」
「言っているだろう、フィルは風邪気味なんだから温かくして、ここにいればいい」
(あ、あれ……)
「え、えと、風邪、引いてないですよ。引いた事だって滅多にないですし……」
一瞬アレックスの顔が困ったように歪んで見えた。
「……引いてる。ほら――」
(え……)
腕を取られてぐいっと引き寄せられる。目の前になったアレックスの体から体温と彼の香りが伝わってきて、それになぜか肌があわ立った。
(あ……)
視界の端に彼の右手が上がる光景が映り、奇妙なことにそれがひどくゆっくり動いているように感じる。
自分へと動いてくるその平を無意識に目で追えば、温かい感触が額に落ちた。
「……っ」
その腕の向こうにある青い瞳と、ごく至近距離で視線が絡んだ瞬間、心臓が異様な音を立てて跳ねた。
(え……あ……)
「ほら、顔だって赤い」
低い、今まで聞いたことがないような音を含んだ不思議な囁き声が、ごく側から耳に響く。
「……」
それに今まで体験したことがないほど、全身が熱くなっていくのを自覚して……納得した。
「はい」
絶対ひどい熱がある。ほんっとうに珍しく風邪を引いてしまったのだろう。人生で4回目だ。
「頼むから、大人しくしていてくれ、色んな意味で……」
目を見張った後、ガクリと肩を落としたアレックスは長々と息を吐き出すと、フィルの頭に手をぽんと置き、みんなを呼びに部屋から出て行った。
≪「はい」じゃない……。それにしても一緒の部屋にいてこんな顔されて、それでも手を出すなと? 一体どんな悪質な拷問だ……≫