【HMS Queen(クイーン) Erizabeth(エリザベス)】
・艦として
・艦種:戦艦
・艦級:クイーン・エリザベス級戦艦一番艦
・前級:アイアン・デューク級
・次級:リヴェンジ級
・建造:ポーツマス工廠
・進水日:1913年10月16日
・所属:グランド・フリート
・全長:195m
・最大幅:31.7m
・基準排水量:32,000噸(トン)
・対艦兵装:BL-15inch-MkⅠ 連装×4 QF-4.5inch-MkⅢ 連装両用砲×14 533mm水上魚雷発射管×4
・対空兵装:QF-2pounder 8連装高角砲×8 エリコンFF20mm連装機銃×33
・対潜兵装:なし
・搭載機:約3機
艦名はエリザベス1世に由来する。この名前の使用は初めて。
本艦を含んで五隻が建造されたクイーン・エリザベス級戦艦は、世界で初めて38.1cm(15インチ)砲を搭載した戦艦であり、建造時は紛れもなく世界最強の戦艦であった。その建造目的は伸長著しいドイツ・日本・アメリカ海軍に優勢を得る為であった。38.1cm砲というのは聞き馴染みがないかもしれないが、これは日本とアメリカが偶数インチの主砲を持つ戦艦しか建造していないからであって、ヨーロッパではリシュリュー級・ビスマルク級・リットリオ級などで良く見られる口径である。とは言え、流石にエリザベスの38.1cm砲は技術的に時代遅れであり、最大射程は23km程度であった。
副砲は建造当初から大きく変わっている。当初は15.2cm単装砲を16門、76mm高角砲を7門という配置だったが、後に11.4cm連装両用砲10基に変更されている。もちろん機銃は大幅に増設されている。また、第一次世界大戦の設計を引きずって、魚雷発射管は装備され続けた。
エリザベス級の防御は、実は38.1cm砲に耐え得るものではなく、それ故に戦艦の要件をやや欠いている。建造当初は38.1cm砲を持つ戦艦が他に存在しなかったので問題なかったが、後々には防御力の低さが問題になった。しかし装甲が薄い分だけ速力に秀でており、後に世界で主力となる高速戦艦の先駆けになったとも評される。
本艦が建造されたのは第一次世界大戦の最中であった。1915年3月、オスマン帝国の帝都イスタンブールを攻略するべく、本艦を含む32隻の戦艦がダーダネルス海峡に向かった。だが超弩級戦艦は本艦しかおらず、3隻の巡洋戦艦を除いては前弩級戦艦であった。エリザベスは旗艦を務め、多数の前弩級戦艦に囲まれた様子は女王を守る騎士団のようだったと言われる。一連の戦いはガリポリの戦いと呼ばれる。しかし、ガリポリの戦いの結果は散々なもので、一連の攻勢で最終的に戦艦6隻が撃沈されて失敗に終わった。エリザベスは目立った戦果も挙げられず、撤退を余儀なくされた。
ユートラント沖海戦の時はドック入りしており、参加することはできなかった。休戦後、スカパフローにおけるドイツ大洋艦隊の自沈を見届けた。
1921年5月、大正天皇皇太子(現昭和天皇)の欧州訪問に当たっては日本の戦艦香取・鹿島を出迎えた。エリザベスの艦上で午餐会が行われた他、皇太子はエリザベス艦内を隈なく見学した。スペイン内戦にも若干ながら参戦している。1937年5月のジョージ6世戴冠記念観艦式では、昭和天皇名代として訪れた秩父宮夫妻が乗艦して観艦式に参加した。
第二次世界大戦においては地中海でイタリア・ドイツ海軍と交戦する。1941年5月に妹のウォースパイトが大破し戦線から離脱した。1941年12月、アレクサンドリアでイタリアの人間魚雷の攻撃を受け、大破着底の大損害を受けた。1年半の修理が完了するとインドに派遣され、日本軍への反撃に加わった。
しかし、1944年8月のドイツ軍が初の船魄グラーフ・ツェッペリンを目覚めさせると状況は一変した。ツェッペリンによって本国周辺の艦隊は完全に壊滅させられ、本艦を含む東洋艦隊は全艦本土に戻ってくるよう命じられたのである。だが、1945年3月16日、ジブラルタルから本土に帰還しようと試みているところをツェッペリンに襲撃され、多数の魚雷を喰らって撃沈された。
戦後イギリスの軍備は厳しく制限され、建造中だった戦艦を除き、既に沈んだ艦の再建造しか許可されなかった。そこで蘇らせられ、長年に渡る軍歴は更に伸びることになった。第一次世界大戦に参加した経験のある戦艦は(本艦は複製であるが)、他には金剛型戦艦くらいなものである。
・船魄として
・技術系統:独式第二世代
・身長:168cm
・体重:80kg
・血液型:A型
・髪:金
・目:赤
・好きなもの:武士道・ショートブレッド
・嫌いなもの:名誉なき行い・仲間を守れぬこと
まるで女王のように優美かつ威厳ある少女。別に艦隊旗艦という訳ではないのだが、いつもまるで旗艦のような立ち居振舞いを見せる。これは別に奢り高ぶっている訳ではなく、生まれつきそういう風に振舞うことしか知らないので仕方がない。その性格は冷徹と言えるほど落ち着いたものであり、常に最善の手段を考えている。また個人的には日本の武士道を好んでいる。
