場所は帝都のとある冒険者ギルド。木製の長テーブルが並び、酒と肉と喧騒が支配する場所だ。
クエスト帰りの酔っ払いが大声で笑い、奥ではバーカウンターの店主がジョッキを磨いている。床はところどころ何かこぼれていて、清潔さなんて最初から期待されていない。
まさに絵に描いたような大衆向けの酒場という場所だった。
そんな騒がしい空間の中、勇者であるタイヨウくんが妙に落ち着きのない動きで椅子から立ち上がる。
「……五金先輩」
声が震えていた。本当は言いたくないという思いが、ひしひしと伝わってくる。けれど彼は続けた。
「お前を、俺たちのパーティから追放する!!」
……うん。言った本人が一番ショック受けてるね。
白魔道士のハナビちゃんは、心配で今にも泣きそうな顔で見守っていて、聖騎士のシロガネくんは対照的に、我関せずと言わんばかりの柔らかな笑みを浮かべている。
魔銃士のヒョウガくんは深いため息を吐き、そして黒魔道士の私はというと……表情こそ変えないものの、心の底からこの追放が成立することを願っていた。
一方、追放を告げられた暗黒騎士であるクロガネ先輩は──やけに落ち着いていた。
「……そうかよ」
まるで予想していたかのように、動揺なんて一切なかった。そのまま黒い外套を翻し、私の方へ視線を向ける。
「サチコ、行こうぜ」
「行くのはお前だけだよ」
何当然のように私も付いていく前提なんだ。ふざけるのも大概にしろ。
私の即答に、先輩は一瞬だけ「何で?」という顔をしたが、すぐに何かを理解したように頬を赤く染めた。
「大丈夫。分かってっから。……俺と二人になりたいから、こんな茶番で追放を演出したんだろ? そんな恥ずかしがり屋なサチコも愛してるぜ!」
「違います!! お前のそういうとこが追放の原因なんだよ!!」
ダメだ。こいつは言葉だけでは通じない。
ヒョウガくんに目でお願いの合図を送ると、彼は「任せろ」とでも言うように頷いた。
「五金クロガネ。貴様の影薄に対する数多のストーカー行為は目に余る。ゆえに、話し合いの末、追放を決めたんだ」
「あ? ストーカー? 何言ってんだ。そんな事してねぇわ」
「正気か貴様!?」
ヒョウガくんは信じられないという表情で、先輩の所業を述べていく。
「ならばこの大量の影薄の写真は何だ!」
「サチコとの愛のメモリーだ。結婚式で使うためのな」
私ピンポイントの隠し撮りが?
「それに常習的に影薄のベッドへ侵入するのもやめろ!!」
「サチコが寒そうだったから、温めてやっただけだ」
お前夏も来んじゃねぇか。暑苦しいんだよ。
「なら影薄の私物を盗む行為はどう説明する!?」
「盗んでるんじゃねぇ。無くなりそうだったから新しいのに替えてただけだ」
じゃあコレクションせずそんまま捨てろや。気色悪いわ。
ヒョウガくんは頭を抱え、私の心もゆっくり死んでいく。
こいつ、ガチで言ってる。もう救いようがない。そもそも付き合ってもいないのに結婚前提とか話飛びすぎだろ。マジで消えてくれ。
そんなことを願っていると、今まで興味なさげだったシロガネくんが前に出た。
「これ、いつまで続くんだい? いい加減付き合ってられないよ」
面倒そうに息をつきながら彼は言う。
「そもそも問題なのは、愚兄さんのストーカー行為でパーティーの秩序が乱れていることだろう? だったら、サチコさんごと出ていってもらえば丸く収まるんじゃないのかい?」
「タイヨウくん。後衛を守らない聖騎士もついでに追放した方がいいと思うんだけど、どうかな?」
「僕はちゃんと仕事をしている。それなのに攻撃を受ける君が悪いんだろ?」
「だったら詠唱中ぐらい攻撃が届かないようにしてくださいよ! タイヨウくんばっか守って……こっちは毎回瀕死なんですけど!?」
「世界の救世主たるタイヨウくんを優先するのは当然の判断だ。彼は君と違って替えが効かない尊い存在なんだ。むしろ、彼の犠牲となることを喜ぶべきなんじゃないかい?」
「誰だよこいつに聖騎士なんてジョブ与えたやつ。頼むから返上してください、今すぐに」
「お、お前らまで喧嘩すんなよ!!」
タイヨウくんが慌てて両手を広げた。
「二人とも落ち着いてくれよ! そもそも俺は……っ!」
そこまで言いかけ、彼は一度息を呑んだ。言葉を探すように唇が動き、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。
「……なぁ、サチコ。……やっぱさ、追放とか……なしにできないか?」
それは、勇者としてではなく、タイヨウくんとしての言葉だった。
「俺さ。ハナビも、シロガネも、サチコも、ヒョウガも、先輩も……みんな、大事なんだよ。一緒に乗り越えてきた、大切な仲間なんだよ」
タイヨウくんは今までの冒険を思い出しているのか、どこか懐かしむように目を細めている。
「先輩のやってることはさ、あんま良くないことだけどさ……でも、それ以上に先輩は俺たちのことを助けてくれただろ?」
タイヨウくんの言う通り、私たちの旅は本当に色々あった。
笑って、怒って、泣いて、傷ついて……それでも前に進んで来た。魔王を倒すために、今も進み続けている。
時には命を預け合う場面もあったし……先輩も、私を守るために身を挺してくれたこともあった。先輩の力がなければ越えられなかった壁もある。
だから先輩のことは信頼しているし、感謝もしている。その気持ちに嘘はない。けれど──。
「だからさ。話し合いで解決できないか?」
「いえ、その段階はすでに終わってるんで」
それはそれ。これはこれである。
タイヨウくんの主人公ムーブに流されてはいけない。タイヨウくんの気持ちも分からんでもないが、最初から話が通じる相手ならこんな事態になってない。
「でもよ……!」
「わかりました」
このままだと埒があかないと、私はタイヨウくんの言葉を遮り、宣言した。
「私が出ていきます」
「サチコちゃん!? 落ち着いて……!」
ハナビちゃんが手を掴むが、引き止めにはならない。先輩が出て行かないなら、私が出ていく。
そもそも、勇者パーティーなんて私には荷が重かった。世界の命運をかけた旅なんて冗談じゃない。私がやりたいのは命のやり取りじゃなく、気楽に稼げる冒険なんだ。
これはいい機会だと、出口に向かってどんどん進む。
……そういえば、ヒョウガくんの古巣から誘いもあったな……ユカリちゃんもセンくんもいるし、そっちに行こうかな……。
そう、これからの行動について考えながら、扉に手をかけた瞬間だった。
「これから二人旅か……やっと邪魔な連中がいなくなったな!」
「なんで当然のように隣に立ってんだ!!」
気づけば私は杖を構えていた。
「安心しろ。サチコのことは俺が守る!」
「いい加減にしてください! 私は今! まさに! 貴方から逃げてるんです!!」
その勢いのまま杖で数回殴るが、当然の如くノーダメージ。レベルカンストのパラメータお化けにはこの程度の攻撃は通用しない。
「なんだ? 構って欲しいのか?」
「あー! もうっ!!」
先輩は魔法耐性があるし、逃げても追ってくる。殴っても効かない。説得も無理。完全に詰んでいる。
「私に近づかないでください!!」
私の叫びがギルド中に響き、酔っ払いさえ静まり返った。
……私の受難は、まだ終わらない。