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カクヨム ブクマ700記念短編

【時間軸的には二部の強化訓練編です】

 今日も歪みの修復任務を終えた私は、帰れば地獄のトレーニングが待っていることを思い出し、憂鬱な気分のまま帰路についていた。

 強くなるために必要だと分かってはいても、きついものはきつい。特に回復薬を飲む瞬間は、何度やっても慣れない辛さがある。

 一人での任務だったこともあり、せめて帰りに口直し用のお菓子でも買っていこうかな──そう思いながら店を探して歩いていると、前方に見覚えのある背中があった。

 あれ、渡守くん? 彼も任務だったのだろうか。

 フードを深く被った渡守くんは、片手に可愛らしい袋をぶら下げている。その袋は、この辺りで評判の焼き菓子店のものだった。

 ……ほう?

 彼が甘党なのは薄々気づいていたが、本人は決して認めなかった。だが、こうして決定的な証拠を押さえた今なら、いくら取り繕っても逃げ場はないだろう。プレゼントだと言い張っても、それはそれで面白い。

 日頃の恨みを晴らす絶好の機会だと、私はマナの気配を消し、こっそりと背後に近づいた。そして信号で立ち止まった瞬間を狙い、その肩に手を置く。

「渡守くん」
「っ!? ンだテメェ!!」

 彼は驚いて目を見開いたが、すぐに険しい顔へ戻した。

「奇遇ですね。任務帰りですか? 私もです。一緒に帰りましょう」
「断る!! つゥかなんで分かったんだよテメェ!!」

 渡守くんは慌ててフードを被り直すが、そんな雑な変装で隠し通せるはずもない。

「普通に後ろ姿で分かりましたよ。そもそも、フード被っただけで誤魔化せるはずないでしょう」
「はァ!? ……あぁ、そォか」

 反論しかけた渡守くんは、途中で何かに気づいたように舌打ちした。

「そォいや、テメェはマナコントロールの天才様だったな。クソが」
「……なんの話ですか?」
「自覚なしってか? そォいうとこ、マジでムカつくわ」

 突然の不機嫌に首を傾げる。

「だから、何の話か説明してくださいよ」
「あ? テメェに教える義理はねェ」

 信号が変わり、歩き出した彼の背を追いかけながら問いかける。

「そこまで言われると気になるんですよ。教えてください」
「知るか。テメェで考えろ」
「それ、サモナティーヌの新作ケーキですよね」

 袋を指さすと、渡守くんの足がぴたりと止まった。

「しかも個数限定。朝から並ばないと買えないやつですよねぇ。……どうやって手に入れたんですか?」
「……何が言いてェ」
「別に。ただ、渡守くんがケーキ欲しさに女の子の列に朝から並んでたってユカリちゃんに伝えたら面白いかなって」
「クソが! 性格悪ィぞテメェ!!」
「君には言われたくないです」

 怒鳴る渡守くんの隣に並ぶと、彼は最後の抵抗のように盛大な舌打ちをしてから、観念したように呟いた。

「これには認識阻害の効果があんだよ」

 フードを直しながら続ける。

「マナを込めれば別人に見える。……ま、天才様の目には効かなかったみてェだがな」
「へぇ、そういう効果があったんですね……ん?」

 言われてふと気づく。

「もしかして精霊狩りにいた人たちって、同じように認識阻害を使ってました?」
「たりめェだろ。堂々と顔出して犯罪するバカがいるかよ」
「確かに」

 ま、マジでかぁぁぁ!? ホビアニでよくある雑な変装だと思ってたのに、ちゃんとした仕組みがあったなんて!

 じゃあ……ヒョウガくんが、ダビデル島でシロガネくんを見かけても気づけなかったのも、SSCで渡守くんに襲われた時に気づかなかったのも、全部その認識阻害のせいだったの!?

 し、知らなかった……。何で気づかないんだよって思っててごめん。ちゃんとした理由があったんですね。口に出さなくて本当に良かった。

「じゃあ、いまだに精霊狩り時代のアウターを着ているのも、そのためですか?」
「あァ。腐っても天才研究者様の作品だ。利便性を考えりゃそォなる」

 そうなんだ。私はてっきり、単にお気に入りだからだと思っていた。

「へぇ、じゃあ緑が好きって訳はないんですね」
「……あ?」

 渡守くんの着ている服は、黒い生地に緑のラインが入ったシンプルな服だ。彼の銀髪に生えてとてもいい色合いになっている。

「……そォだな」
「私、緑色好きなんですよね。でも、この髪色じゃないですか?」

 私は紫に近い自身の黒髪に触れながら言う。

「絶望的に似合わないんですよね。だから、緑が似合う渡守くんが羨ましいです」
「…………」
「……渡守くん?」

 急に黙り込んだ渡守くんに違和感を覚え、横を見る。すると、彼は神妙な顔つきで、どこか遠くを見ていた。

「どうしたんですか?」
「……この会話、前にもしたか?」
「え?」

 不意の言葉に戸惑う。けれど渡守くんは「なんでもねェ」とだけ呟き、歩く速度を上げてしまった。

 私は慌ててその背を追いかけた。

「ンで俺は、この色を……」

 ぽつりと漏れた声は、雑踏に紛れて消えていった。

 私は疑問を抱きつつも、それ以上は何も言えず、ただ彼の背中に黙ってついていった。

2件のコメント

  • 同じくザル変装なのに気付かないよくあるホビアニパターンだと思ってました
    しっかり認識阻害かかってたのかよあれwサチコの認識が周りと違うから、ある意味信用できない語り手みたいで面白いです
  • ありがとうございます!
    実は考えていた裏設定です
    本編には関係なかったのでギャグとして処理してましたが、しれっとネタばらしさせていただきました!
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