どうしてこうなってしまったのか。
……いや、原因は分かっている。分かっているのに、この現実をどうしても受け入れたくなかった。
表示された数値を何度も見直し、目を擦って確かめ、もう一度深呼吸までしてみたが、変わる気配はない。どんなに祈っても、この数字は揺るがなかった。
やはり、認めざるを得ないのか……
たった一ヶ月で──体重が三キロも増えたことを!!
……その日は一晩中、ショックで悪夢にうなされた。
夢の中でも体重計に乗って、さらに二キロ増えていた。ジーザス。
そして翌日の昼休み。スピリット学園の屋上のベンチに座り、食べ終わった弁当をじっと見つめながら震えていた。
ついに来てしまった……この時間が!!
「サチコ!」
隣に座るクロガネ先輩が、満面の笑みで話しかけてくる。
「受け取ってくれ」
そうして差し出されたのは──めちゃくちゃ美味しそうなテリーヌショコラ。
しかも、私の弁当箱と張り合えるくらいの大きさだ。
「今日のは自信作なんだ!」
照れ笑いを浮かべる先輩とは対照的に、青ざめる私。
あああああああ! 出てしまった! 諸悪の根源が!!
「…………」
いつもなら、ありがとうございますと喜んで受け取り、一緒に食べていた。けれど、今日は腕が鉛のように重く、動かせない。
これを食べ続ければ、私は確実にデブ街道まっしぐらだ。
今日は前もって伝えるのを忘れてたし、せっかく作ってくれたものを断るのも失礼だ。
だから今日はいただく。今日まではいただく!
いや、これは全然、言い訳とかじゃないよ? ほんと、伝え忘れただけだし……夜遅くに電話するのはあれかなって思っただけだし……最後に味わいたくてとか思ってないし……。
「……サチコ?」
心の中で言い訳を繰り返しつつ、今後、これをどう断ろうかと顔を俯かせると、先輩が心配そうに覗き込んできた。
「先輩……」
先輩が、こうして手作りお菓子を渡してくれるのは、今回が初めてではない。
前々から作ってくれる事はあったが、私が中等部に進学してからは、毎日のように作ってきてくれるようになった。もはや日課といっても過言ではない。
そのきっかけは、十年後の約束を交わして以降、先輩が高価な贈り物をしてくるようになった事だった。
さすがに受け取れないと断り続けた結果、「これもダメか?」と恐る恐る差し出されたのが手作りお菓子だった。
断り続けた負い目もあって受け取るようになったのだが……これが冗談抜きで美味しい。以前から腕前は知っていたけれど、最近はさらに上達している気がする。
市販のお菓子では物足りなくなるほど、完全に胃袋を掴まれてしまった。先輩のお菓子は、私の毎日の楽しみになっていたのだ。
……そして何も考えず食べ続けた末に、体重三キロ増という恐ろしい現実が降りかかってきた。
このままではいけないと、心の中で喝を入れる。
アイギスの任務が免除され、修行もしていない私は、運動量が以前より落ちている。
そこに毎日の高カロリーなお菓子……摂取カロリーを考えれば、こうなるのは必然だった。これは、自身の自堕落な生活が招いた結果だ。
「いつもありがとうございます。いただきますね」
とりあえず、せっかく作ってくれたものは粗末にはできないと受け取ってから、口を開く。
「クロガネ先輩、あの……」
「ん? どうした?」
「お菓子は、本当に嬉しいんですけど……その、今後は遠慮しようかなと」
私なりに言葉を選んで伝えたつもりだった。けれど、私の予想に反し、先輩の顔色がみるみる曇っていく。
「……もしかして、不味かったのか? 今までも嫌々受け取ってたのか?」
「ち、違います! そうじゃなくて……!」
「じゃあ、なんでそんなこと言うんだ……?」
ショックを受けた様子の先輩に対し、慌てて弁明する。
けれど、先輩はすでに「自分のお菓子が気に入られなかった」と思い込んでいるようで、懇願するように私を見た。
「俺、もっとサチコが気に入る味になるよう頑張るから……もっといっぱい練習すっから!」
「いやいや! もう十分です! 十分すぎるぐらい美味しいです!!」
「じゃあなんで……」
そう真っ直ぐ見つめられ、観念するしかなかった。これ以上誤魔化せば、かえって先輩を傷つけてしまう。
「……じ、実は……最近、ちょっと太っちゃって……」
「え?」
「たった一ヶ月で、三キロも……。だから、暫くはお菓子を控えたいなって……」
迷惑かけたくなかったし……あんまり体重の話題は出したくなかったのに……。
そう顔を真っ赤にしながら告白すると、先輩は一瞬ぽかんとしたあと──
「な、なんだ……そんなことか!」
ホッとしたように笑った。
「安心しろよ。サチコは太ろうが痩せようが可愛いままだ!」
「そういう問題じゃないです。個人的に嫌なんです」
「なんでだ? サチコの体積が増えるなんざ、むしろお得じゃねぇか」
「すみません。体積って言い方はやめてください」
太ったって言われるより傷つくんですけど!!
私がそう抗議すると、先輩は少し考えるように黙り込み、やがてゆっくりと立ち上がった。
「……つぅかよ」
「うわっ!? 先輩!?」
そのまま私を横抱きにして、にっこり笑う。
「サチコは元々痩せすぎなんだよ。増えたっつぅ割には、全然軽いじゃねぇか」
先輩は「こんなに軽けりゃ負荷にもなんねぇな」と続ける。
「先輩……」
その言葉に、私はわずかに口角を上げた。……そして、真正面から問いかける。
「ベンチプレス、何キロ持てます?」
「200はいけたな」
「先輩には二度と体重の話はしません」
「なんでだ!?」
先輩は何が駄目だったんだ!? と焦っているが、うるせぇ自分の胸に聞けとしか言えない。
常識的に考えて、容易に200キロ持ち上げられる人に軽いと言われても嬉しくはない。むしろ、重いと言われた方がやばいだろ。
次からは本当に作ってこないでくださいと釘を刺しつつ、頭の中でダイエットの計画を練る。
とにかく運動だ。運動をするしかない。アイギス本部なら設備も整ってるし、マナの修行がてら鍛えるのも悪くない。
問題は、一人だと絶対に甘えることだ。私が太った原因は、運動嫌いな性格もデカイ。
だから、逃げられないよう付き合ってくれる人が欲しいんだけど……先輩は論外だな。絶対に甘やかしてくる。むしろお菓子で妨害してくる未来しか浮かばない。
ユカリちゃんは当主教育で手一杯だろうし、ヒョウガくんも……なんやかんや甘やかし体質だからな。成果に期待できない。
というか、よく考えたら私の周り、みんな忙しいし、優しい人ばかりじゃね?
優しさに囲まれて困る事ってあるんだな……あれ? なんかこれデジャヴ?
そうやって頭の中で候補を消していったら、最終的に残ったのは一人だった。
……やっぱり、私を甘やかさずにストイックに付き合ってくれそうな渡守くんに頼も。渡守くん律儀だし、適度に暇そうだし……一度約束を取り付けてしまえば、あとはどうとでもなる。
困った時の渡守くんだなと思いつつ、お昼の時間を終えた。