「ヒョウガくん、今日は付き合ってくれてありがとう」
昨日、ユカリちゃんから「明日の護衛に行けない」と言われた。天眼家で急な用事が入ったらしい。
それで、たまたま近くにいたヒョウガくんが、代わりに護衛を申し出てくれたのだ。だから今日、こうして一緒にいる。
「気にするな。これくらい、どうということはない」
ヒョウガくんはふっと微笑みながら、私の手元を見やる。
「……無事に買えてよかったな、それ」
視線の先には小説の新刊。待ちに待った続きが、今日ようやく発売された。
本当は、今日じゃなくてもよかった。けれど、続きが気になって仕方がなくて……。一人で外出できないくせに、自分のわがままを通してしまったのだ。
「うん。どうしても、待てなかったんだよね」
私は少しだけ申し訳なくなりつつ、袋を抱き直した。
「……あのさ、この後、予定ある?」
「特にないな。どうした?」
「気になってるハンバーグが美味しいお店があってさ。……嫌じゃなければ、一緒に行かない? 私、奢るよ」
ヒョウガくんは、私の提案に表情を綻ばせる。
「無論、喜んで同行しよう。が、自分の分は自分で払う」
「いやでも、それじゃ私の気が治まらないというか……」
「構わないと言っている」
はっきりとした物言いで断られた。
けれど、私がまだ渋っていることに気づいたのか、ヒョウガくんはふいに視線を逸らして言った。
「……入学式での、借りを返しただけだ。だから気にしないでくれ」
「あー……」
その言葉で数日前の出来事がよみがえる。
ヒョウガくんの言う入学式。彼はただ立っていただけなのに、彼の容姿とRSGの件があってか、特に編入組の女子たちに囲まれて身動きが取れなくなっていた。
明らかに困っていたので、私がひと声かけてその場から引っ張り出したのだ。
「すごい、モテモテだったね。さすがヒョウガくん」
「嬉しくない」
ヒョウガくんは心底嫌そうに呟く。私はなんだか気の毒になり、ついフォローを入れる。
「で、でもさ。可愛い子いっぱいいたし、ヒョウガくんの好みの子も──」
「他人の容貌など気にしたことはない」
私の発言はバッサリと切り捨てられた。でも、なぜかその言葉には妙に説得力があった。
そういえば、超絶美少女のハナビちゃんに対しても普通に接してたし、あんなに美人なお姉さんがいるんだ。そんな環境で育ったなら、ちょっとやそっとの可愛い子なんて、全部同じに見えても不思議じゃない。
「そっかぁ……」
私は小さく相槌を打つ。
「じゃあ、見た目じゃないならどんな子が好みなの? やっぱり好きになった子がタイプとか?」
「……あまり、そういうのは考えたことがなかったな」
ただの興味本意で聞いただけだった。けれど、ヒョウガくんは私の質問に対して、真剣に考えてくれていた。
「そうだな……」
唇に指を当て、沈黙する。そして、何か思いついたのか、ゆっくりと口を開いた。
「……自分を持っていて、周りに流されない人がいい。強くて、真っ直ぐで……繊細な癖に、甘えるのが下手で……でも、そばにいると、なんだか落ち着くような。……それから……笑い方が綺麗な人、か? ……なんとなくだが……まぁ、そんな人だな」
それ、タイヨウくんじゃね?
反射的に出そうになったツッコミを、私はなんとか飲み込んだ。
あっぶな! 普通に言いそうだった!
でも、そっか……タイヨウくんかぁ。
……分からなくはないな。だってタイヨウくんが女の子だったら絶対にモテている。逆ハーレムなんて余裕で築き上げそうだ。断言してもいい。
「……あぁ、そうか」
ヒョウガくんがふと何か閃いたように、私の方を見る。
「影薄。……お前みたいな奴だ」
………………ん?
「考えてみたが、俺の好みのタイプはお前のようだ」
……え? 私、今、告られた?
私の混乱をよそに、ヒョウガくんはどこかスッキリした顔で一人納得していた。
「うん、そうだ……そうだな」
「えっ、ちょっ!? それどういう意味!?」
「ん? 俺が出会った女性の中で、お前が一番魅力的に見えるということだ。見た目も、内面も」
ヒョウガくんの言葉に「これ何て返すのが正解なの!?」と慌てていると、その張本人は不思議そうに首を傾げていた。
「……俺は……何か、変なことを言ってしまったのか?」
こ、こいつも素かよおおおおお!!
私は顔に上がりそうになる熱を全力で押さえ込む。
な、なんだこれ……。なんか、普通に「好きだ」って言われるよりも、恥ずかしいんですけど!?
「影薄」
必死に落ち着こうとしている私に向かって、ヒョウガくんは優しい声で名前を呼んだ。
「この護衛も、本来なら俺がやりたかった役目だ。だから、気にしないでくれると嬉しい」
一瞬、何のことを言っているか分からなかった。けれど、すぐに今日の付き添いの件だと気づく。
「俺の好物を覚えていてくれた事も、すごく嬉しかった。ありがとう、影薄」
「ソ、ソレハナニヨリ…デス…」
私はから笑いをしながら、ヒョウガくんから差し出された手を取った。
いや、ほんと……この世界の子供たちみんな末恐ろしい。
それを改めて実感した日だった。