【本編の時間軸等無視しております】
アイギス本部の訓練区画。今日も、騒がしさは通常運転だった。
「貴様ああああ!! なぜあの場で待機命令を無視したッ!!」
怒鳴ってるのは氷川ヒョウガ。普段はクール系のはずだが、この相手にだけは例外らしい。
「はァ? チンタラ突っ立ってる方がアホだろ。こちとら時間ムダにしてるヒマねェんだよ」
返すのは渡守セン。問題児、煽りスキルMAXの男。まともに取り合ったら負けである。
「そのせいで連携が乱れたのが分からんのか!!」
「乱れたのはテメェの判断力だけだろ。俺が動いたから敵のケツ取れたんだろうが。感謝しろ感謝」
ヒョウガの怒りは最早、沸点を越えて噴火寸前。一方でセンの態度は終始ふてぶてしいまま、ニヤつく口元すら崩さない。
「貴様の身勝手さには我慢の限界だ! マッチだ、MDを構えろォ!!」
「ハッ、やっとその気になったか。望むところ──」
「大変大変大変だよセンくんんんん!!」
まさに一触即発の雰囲気の中、甲高い声とともに突撃してきたのは、天眼ユカリだった。何の予告もなく飛び込んできた彼女は、その勢いのままセンにタックルを食らわせる。
「グボッ!!?」
鈍い音とともに吹き飛ぶセン。滑る、転がる、壁にぶつかる。まるでお約束の三拍子セットのように、見事に派手にすっ転んだ。
ヒョウガの怒気も思わず中断。周囲には、一瞬だけ静寂が訪れる。
「〜っ……てめッ、何してくれてんだクソチビィ!!」
よろよろと立ち上がったセンが、後頭部をさすりながら吠える。 額にはタンコブ、怒りのテンションは最高潮だった。
「ヒョウガくんと喧嘩してる場合じゃないんだよ! 一大事なんだよ!!」
「……あ゛?」
センの顔色がほんの少し変わる。 ユカリの様子からただ事じゃない空気を感じたのだろう。真剣な色がわずかに滲んだ。
「サチコちゃんが……サチコちゃんがぁ!!」
「! ……バカ女がどォした」
ヒョウガの表情にも緊張が走る。 任務絡みか、あるいは何か事故か──。誰もがそう思った、その次の瞬間。
「サチコちゃんが……一番好みの顔はヒョウガくんって言ってたんだよおおおお!!」
「……………………は?」
静寂。あまりにも突然すぎる方向転換に、空気が一瞬で止まった。
「どうするの!? サチコちゃんの好み、ヒョウガくんだったんだよ!? ってことはつまり、センくんはナシ寄りのナシ……いやもうほぼナシだよ!? 人としてもギリ許せるか分かんないのに、このままじゃあ完全に圏外になっちゃうじゃん!! どうすんの!? これもう取り返しつかないよ!?」
「…………なんの話してんだテメェ」
「この僕が! 性格は破綻してるけど、顔はワンチャンあるって信じて! ずっと応援してきたのに! その顔すら無理って言われたらさ……もうフォローできるの、とりあえず生きてるってことくらいしか残ってないよ!! どうしてくれんのさ!!」
「いや知らねェよ!! さっきから何の話してんだテメェは!!」
騒ぎはピーク。ユカリの怒号が訓練区画に響き渡ったその瞬間──不意に、乾いた咳払いがひとつ響いた。
「……ゴホン」
振り返ると、ヒョウガが腕を組んだまま、例によって無表情を気取っていた……が、口元は、ほんのわずかに緩んでいる。静かに勝利を噛みしめるような……わかりづらいけど、バレバレな喜び方だった。
「……おい」
それを見逃さなかった男が、ひとり。センである。
「テメェ……何、ちょっと嬉しそうな顔してんだよ」
「していない」
「してんだろォが!! なんかムカつくからやめろ!! その顔!!」
センが勢いよく指をさす。だがヒョウガは、まるで風でも浴びているかのように動じず、涼しい顔のまま返す。
「落ち着け。こんなことで動揺するとは……やはり未熟だな」
「なッ……! マジで殺すぞコラァ!!」
怒声をあげるセンだが、その言葉にはほんのわずかに焦りと動揺が混じっている。そして、それを見たユカリはというと。
「ああもう無理いいい! センくんが完ッ全に負けてるぅ!! 敗北確定だよおおお!!」
頭を抱えてしゃがみ込むユカリ。その叫びが訓練区画に響く中、センはついに天を仰いで叫んだ。
「いい加減にしろやクソチビィ!! つゥか別に俺はバカ女のことなんざ──」
「……何してるんですか」
静かすぎる声が、騒ぎのど真ん中に落ちた。一瞬で空気が凍りつく。センもヒョウガもユカリも、そろって動きを止めて振り返る。
そこに立っていたのは、話題の発端となった本人、影薄サチコだった。
「ほんとに君たち、毎回うるさいですね。外まで騒ぎ、聞こえてますけど」
「ばっ、てめっ……話聞いて……っ」
「サチコちゃんんんん!!」
センの言葉を押しのけて、ユカリが勢いよく飛びつく。
「ねえ嘘だよね!? 例のアレ、ヒョウガくんの顔がタイプってやつ! 嘘だって言って!!」
「……なにそれ?」
サチコは本気で不思議そうな顔をした。
「ヒョウガくんが好みとか言ってたってやつだよ! このままだとセンくんが……センくんが……!!」
「……ああ、それのこと」
サチコは淡々とした口調のまま、目を細める。
「前にハナビちゃんたちと雑談してたとき、顔の話になって。ヒョウガくんは普通にかっこいいと思うって言っただけ。別に誰が好みとか、そういう話じゃなかったし、ただの流れで無難に答えただけだよ」
「ほんと!? じゃあ、センくんワンチャンある!?」
「……だから、なんで渡守くん?」
「いいから答えて! 恋人としてありかなしか!?」
「……ユカリちゃんって、なぜか渡守くん推しだよね」
サチコは困惑しながらも、ちらりとセンを見てから淡々と告げた。
「……普通にない。ていうか、あの性格で恋愛とか無理でしょ。そもそも人のこと、ちゃんと好きになれんの? 少なくとも私は無理」
「上等だテメェ!! 俺だってテメェなんざ死んでも選ばねェわ!!」
センが怒鳴ると同時に、サチコは「ほら見たことか」という顔で肩をすくめた。
騒ぎが治まる気配は、今日も、どこにもなかった。