「いつになったら、テメェはまともに動けるようになんだよ」
「別に動けないわけじゃないです。私は普通です。おかしいのは渡守くんたちです」
いつもの自主練に向かうさながら、渡守くんはダルそうに口を開く。
「俺等の中で動けねェのが問題なんだっての。クソチビはともかく、温室育ちのお嬢様にまで負けるなんざ、論外だろ」
「うっ、それは……」
渡守くんに痛いとこを突かれ、思わず口ごもる。
「弱くてすみませんねぇ!? だからこうしてお願いしてるんじゃないですか!!」
「の、わりには全く成長してねェじゃねェか。なんだァ? 訓練は口実で、本当は俺と二人っきりになりてェとか、そういうアレかァ? 生憎、テメェは趣味じゃねェ」
「あ、それはないです。万が一でもそんな感情が芽生えたら、即、脳外科なんで。私、恋人には社交性を求めるタイプなんで」
渡守くんは肩をすくめ、ニヤリと口端を吊り上げる。
「ハッ、相変わらず口だけは一丁前だなァ? そのキレ、ちったァ剣先に乗っけらんねェのかよ」
「マッチだけなら、渡守くんより強い自信はあるんですけどね」
「へェ? ンなに言うなら、マッチの訓練に切り替えるかァ? 負けて泣いても、胸は貸してやんねェけどなァ」
「安心して下さい。あなたの胸に縋るぐらいなら、床で寝てる方が建設的です」
そんな軽口を交わしながら、私たちは訓練室の前に到着する。すると、自動ドアが開いた瞬間、室内から勢いのある声が響いてきた。
「ドロー!!」
これは、……タイヨウくんの声?
覗き込むと、案の定、タイヨウくんが叫びながらカードを引いていた。その側には、ヒョウガくんとシロガネくんの姿もある。……いや、ちょっと待って。あのデッキ、なんかおかしい。
彼の前には、床から胸元に届くほどの高さのカードの束。まるで塔のように積まれたそれに手を置き、勢いよく一枚、また一枚と引いている。
「ドロー! ドロー! ドロおおおおお!!」
いや、引きすぎだろ。なんであんな異常に積まれたデッキからドローしてんの? 新手の儀式か何かか?
理解が追いつかないまま中に入ると、3人の視線がこちらに向いた。
「おっ! サチコたちも訓練か?」
「うん。ちょっと戦闘訓練をね。タイヨウくんは……何してるの?」
「見ての通りだ!」
いや、わかんねぇよ。だから聞いてんだよ。
私が思わず眉をひそめると、隣に立っていたシロガネくんが、真面目な顔で言った。
「ドローの訓練さ」
「ドローの……訓練?」
ドローって……ただカード引くだけじゃなかったっけ? 何? その動作に極意でもあんの?
「こうしてドローを繰り返すことで、ドロー力を高めているんだよ」
ドロー力、ってなんだ? それは一体どんな力なんだ? それを高めたからって何の役に立つの? 急に新たな単語を出すな。私に分かる言語で話してくれ。
「強いサモナーは、必要なときに必要なカードを引ける。その力を身につける訓練さ」
なにそれ、新手のイカサマか? そんな簡単に引けたら苦労しねぇんだよ。
「そのために、タイヨウくんは一枚一枚、カードと心を通わせているんだ」
「いや、普通にサーチカード入れろや」
ビ、ビックリした。今、自分の口から出たのかと思った。横を見ると、渡守くんが呆れきった顔で3人を見ていた。
「ンな運ゲーで勝てんなら苦労しねェんだよ。サーチか手札増強でアド稼ぐか、ダスト肥やして回収した方が確実だろォが」
正論すぎてぐうの音も出ない! 君のその、ホビアニのわけわからん根性論を一刀両断していくスタイル……嫌いじゃない。もっと言ってくれ。
「だから君は弱いんだ」
「……あ゛ァ?」
挑発するように言い放つシロガネくんに、渡守くんの眉がピクリと跳ねる。
「そんな事は大前提さ。運も実力の内って言葉を知らないのかい? 大事な場面で、大事なカードが引けないから。詰めが甘いまま終わるんだよ」
「ざっけんな! 運で引いたカードでイキってんじゃねェよ! ンなモン、実力でも何でもねェだろォが!!」
渡守くんが一歩踏み出した瞬間、その前にヒョウガくんがスッと入り込む。
「五金シロガネ、あまり言ってやるな。そいつは……運に見放されているからな。これ以上は、惨めだ」
「あ゛ァ゛!? シスコンどチビは黙ってろ!!」
「貴っっ様ああああ!! 誰がシスコンどチビだ!!」
額を突き合わせん勢いで言い争う3人。その間に火花が散って見えるのは、きっと私の気のせいじゃない。
「お、おい! お前ら落ち着けって!」
タイヨウくんが慌てて間に割って入り、両手を広げて3人の間に立つ。
「シロガネもさ、そういう言い方は良くないぜ」
「……そうだね。ごめんね、タイヨウくん。気を付けるよ」
シロガネくんは、タイヨウくんに向かって申し訳なさそうに微笑んだかと思えば、すぐに何事もなかったようにカードをシャッフルし始めた。その顔に、反省の色はない。
「僕らの意見は相反するみたいだ……言い争ってるだけじゃ不毛だろう? だったら、正しいのは誰かマッチで決着をつけようじゃないか」
その提案に、ヒョウガくんが勢いよくカードを構える。
「ふん。異論はない。言葉より、実力で証明する方が性に合っている」
渡守くんも鼻を鳴らしてデッキを取り出した。
「ハッ、いいぜェ? テメェらまとめて叩き潰してやるよォ!!」
完全にマッチ突入モード。止める間もなく、3人はMDにマナを込め、バトルフィールドを展開している。
「……これは、渡守くんとの訓練は無理そうですね」
私は肩をすくめ、諦め交じりにため息をついた。
「ねぇ、タイヨウくん。代わりに私のマッチの相手、してくれない?」
「おう! 任せとけ! ドロー修行の成果、見せてやるぜ!」
ガッと拳を握るタイヨウくん。その足元には、いまだ胸元まで届くカードの山が鎮座している。
「……まずは、そのカードの山。片付けてからにしようか」
結局この日、私は予定していた訓練とはまったく別のメニューをこなすことになった。予定外? ええ、まあ。いつものことです。