センの出る話のPVが伸びてるので書いてみました!
歪みが修復されると、異常なマナを撒き散らしていた空間は、まるで最初から何もなかったかのように静寂を取り戻した。
「……渡守くん、こちらは終わりました」
サチコは肩を回し、深く息を吐く。
大きな問題もなく片付いたことに、わずかに安堵の色が滲んでいた。
「やっとかよ」
その後ろでセンが、呆れたように吐き捨てる。
「ったく、人使いのあれェ上司がいると最悪だな」
「オススメの転職サイトでも紹介しましょうか?」
サチコの軽口にセンは顔をしかめ、ぼやく。
「それができりゃァ苦労しねェんだよ」
「日頃の行いが悪いと大変ですね」
「ブッ殺すぞ」
「檻の中がお好みで?」
「ンなわけあるか!!」
サチコは軽く伸びをし、センの悪態を適当に聞き流した。
「ほら、文句を言ってないで帰りますよ。休みたいんでしょう?」
「……クソが」
センは不機嫌なまま、カードを取り出す。
「公僕じゃあるまいし、労基ぐらい守って欲しいもんだな」
「それは同感です。君の巻き添えで、私も碌に休めてませんので」
「さっさとこの“義理”が終わりゃァ、俺も解放されんだがなァ」
「ずいぶんと未練たらしく言いますね。延長申請してあげましょうか?」
「しね」
サチコがわざとらしく肩をすくめると、センは舌打ちを一つ落としながらカードにマナを込めた。
「来い、ヴェルグ」
空が歪み、風が渦を巻く。
次の瞬間、空間が裂け、巨大な翼を持つ精霊、フレースヴェルグが姿を現した。
「ヒャッハーッ!やぁっと俺様の出番かよ!!待ちくたびれたぜぇ! んで、俺様の敵はどこだぁ?」
鋭い嘴を鳴らしながら、周囲を見渡すヴェルグ。
しかし、すぐに状況を察したのか、露骨につまらなさそうに眉をひそめた。
「……んだよ、終わってんのかよ」
「だから呼んだんだろォが」
「チッ、つまんねぇな……」
ブツブツと文句を垂れながらも、フレースヴェルグは渋々と翼を広げる。
サチコは静かにその巨大な背に手を置いた。ふわりと広がる温かい羽毛の感触に、自然と指が沈み込む。
気性の荒いフレースヴェルグだが、こうして触れると、驚くほど柔らかく心地いい。
「いつも助かっています」
淡々とした口調でそう告げると、フレースヴェルグは鼻を鳴らし、不満げにサチコを一瞥した。
「……この俺様をただの足代わりにしやがってよぉ」
「すみません。ヴェルグさんが一番頼りになるもので」
「そりゃまぁ、当然だがなぁ?」
サチコは相変わらず表情を変えないまま、わずかに喉を震わせるように小さく息を漏らす。笑ったわけではないが、どこか柔らかい空気が滲んでいた。
そのまま、フレースヴェルグの背へと乗る。動作は無駄がなく、軽やかだった。
フレースヴェルグの羽がバサリと揺れたが、特に嫌がる様子はない。
「……さっさと行くぞ」
センが遅れて飛び乗ると、フレースヴェルグは面倒くさそうに翼を一振りする。
「んじゃ、飛ばすぜぇ?」
「余計なことすんなよ」
「おいおい、ご主人様よぉ、俺様がそんな無粋なことすると思うかぁ?」
「するだろ」
「ヒャハハハハ!!よく分かってんじゃねぇか!!」
「クソ鳥が……」
センのぼやきもかき消すように、フレースヴェルグは風を巻き上げ、一気に舞い上がった。
夜の帳が下りた空を切り裂き、彼らを目的地へと運ぶ。
そうして飛ぶこと数分。
「……ん」
フレースヴェルグの広い背の上で、サチコが小さく息を漏らした。
強風を切り裂きながら夜空を翔る巨大な鷲の精霊。その広い翼が時折揺らめき、乗っている二人の体を優しく浮かせる。
「……おい」
隣でセンが怪訝そうに顔を向けると、サチコの頭が、いつの間にかセンの肩に寄りかかっていた。
最初は微かに支える程度だったが、今はすっかり体重を預けている。
「……チッ」
センは小さく息を吐く。
「おい、寝てんのか」
返事はない。
サチコの肩は静かに上下し、規則正しい呼吸だけが聞こえてくる。
「ったく、面倒臭ェ……」
そう言いながらも、センの腕はサチコを押し返すことなく、ただそこにあった。そんなセンの様子に気づいたフレースヴェルグは、器用に首をひねり、振り向く。
「へぇへぇ、ほほう?」
そして、どこか面白がるような顔で、センを見つめた。
「……ンだ、そのツラ」
「いやぁ、まさかぁ、ご主人様がぁ? 女に肩を貸す日が来るたぁなぁ?」
「あ゛ァ!? 貸してねェわ!!勝手に寄りかかられて迷惑してんだよ!!」
「とか言いつつ、退かさねぇ癖に」
「うるせェ!!」
センはイラつきながら、無造作に頭を掻いた。
そのまま勢いで手を下ろした拍子に、指先がサチコの髪に触れる。さらりとした感触がわずかに指をかすめた。
普段なら気にも留めないはずなのに、妙に意識してしまう。
何気なくその髪を耳にかけたそのとき、ふと我に返る。
(はァ!? 俺、何やって……っ!?)
眉間に皺が寄る。慌てて指を引っ込め、誤魔化すように舌打ちを落とした。
「……クソが」
その声に反応したように、フレースヴェルグが大きな瞳を向けてくる。翼を揺らしながら、口の端をにやりと歪めた。
「ほぉ〜?」
首をひねりながら、面白がるような声を漏らす。
次の瞬間、フレースヴェルグの翼がわずかに折りたたまれ、体勢が変わった。
「おい、ちょっと待て——」
言葉が終わる前に、フレースヴェルグが高度を上げる。
急な上昇とともに、強い風が吹き抜ける。均衡が崩れ、二人の体が揺れた。サチコの身体が、ゆっくりと後方へ傾いていく。
落ちる。
反射的に、センはサチコの背に手を回した。細い肩を押さえ、そのまま引き寄せる。
軽い衝撃とともに、サチコの身体がセンの上に倒れ込んだ。
フレースヴェルグの背の上、二人は並んで横になる形になった。
「テメェ、マジで殺すぞ!!」
フレースヴェルグは喉を鳴らしながら、滑空を再開する。
「悪ぃ悪ぃ! ご主人様がそんなに大事にすんなら、俺様も気ぃ遣わなきゃなぁ?」
「……クソ鳥がっ!」
センは舌打ちをしながらも、動こうとはしない。
フレースヴェルグの背は意外と安定していて、羽毛の感触が心地よい。腕の中に感じる重みも、不思議と嫌ではなかった。
気づけば、視界の隅にサチコの顔が映る。
普段は感情の読めない彼女の表情は、今はどこか穏やかで無防備だった。
長いまつ毛が月明かりに影を落とし、静かな寝息が夜の冷たい空気に紛れていく。
センはなんだか落ち着かず、眉間に皺を寄せながら視線を逸らそうとした。
しかし、その瞬間、わずかに揺れた体勢のまま、額が触れ合う。
近すぎる。
反射的に距離を取ろうとしたが、サチコの体温がじんわりと伝わってきて、思わず動きを止めた。
…………悪か、ねェな……。
そんな考えが浮かびかけて、センは無意識に眉をひそめる。
何考えてんだ、俺は……!
雑念を振り払うように、静かに息を吐く。そして、何事もなかったかのようにぼそりと呟いた。
「……本部に着いたら起こせよ」
「りょぉかい、せいぜい甘い夢でも見てなぁ!」
フレースヴェルグの軽口を聞き流しながら、センは目を閉じる。
広がる夜の空を、大きな翼が静かに滑る。
冷えた空気の下、二人の呼吸が、ゆっくりと揃っていった。