「ついに来ましたよ! 待ちに待ったこの日が!!」
モエギちゃんは鼻息荒く、興奮した様子で私たちを見回す。
2月13日、バレンタインデー前日。
学校が終わると同時に、私たちはハナビちゃんの家に集合した。
「ハナビさんとタイヨウさんの両片想いを、このバレンタインで溶かして甘~く固める大作戦!いざ、決行です!」
「モエギちゃん!!」
高らかに宣言するモエギちゃんを、ハナビちゃんが真っ赤になって咎める。
「だ、だから私は別にタイヨウくんとはそんな……」
「いやもう、その態度で誤魔化せると思ってんの?隠せてると思ってんの、本人だけよ?こっちはじれったくて、砂糖どころか三温糖レベルでむせそうなんだけど」
「アゲハちゃん!!」
「全力で同意」
「サチコちゃんまで!!」
アゲハちゃんに便乗しながら、買ってきたチョコレートを袋から取り出し、机の上に並べる。
「本当に違うのに!」
「でも渡すんでしょ?チョコ」
「ち、違うの!そ、それは……!だ、だって毎年渡してるし……ただの恒例行事っていうか……そういうものなの!」
「はいはい、ごちそうさま。早く作るわよ」
「アゲハちゃん!」
アゲハちゃんはテキパキとボウルや調理器具を準備しながら、ハナビちゃんの言い訳を軽く受け流していた。
今日のお菓子作りの会を計画したのは、恋愛話が大好物のモエギちゃんだ。
この作戦の目的はただ一つ――じれったすぎる両片想いに終止符を打つこと。
幼馴染の二人は、誰が見てもお互いを意識しているのに、肝心の本人たちは鈍感すぎる。そのじれったい空気に、「いい加減くっつけよ」と何度思ったことか……。
だからこそ、モエギちゃんの提案に私たちも即賛同した。どうせなら、このバレンタインデーを利用して、全力で後押ししてやろうという魂胆だ。
しかし、最大の難関はタイヨウくんの超鈍感な脳みそだ。熱血主人公みたいな性格をしている彼は、その期待を裏切ることなく、驚異的な鈍感さを誇る。
学園一のアイドルと言っても過言ではない、超絶美少女のハナビちゃんから毎年チョコをもらっておきながら、まるで義理チョコでももらったかのように流しているとは、一体どういう神経をしているのか。普通もっと意識するだろ!!
しかもタイヨウくんは、他人の気持ちどころか、自分の感情にすら鈍感だ。だからこそ、自身がハナビちゃんを異性として意識していることすら、自覚していない。なら、こっちから決定的な一手を打つしかない。
バレンタインデーという絶好の機会を使って、明日こそ二人をくっつけるのだ。そのための"切り札"はこちらでしっかり用意した。私は机の上に、その"秘密兵器"を置く。すると、ハナビちゃんは目を丸くして、それを見つめた。
「さ、サチコちゃん?それは……」
「タイヨウくんを確実に仕止める兵器だよ」
「言い方」
アゲハちゃんのツッコミを受け流しながら、私は堂々と”秘密兵器”の正体を披露する。
それは、「LOVE」の文字の形をしたクッキー型。さらに、ハート型の型も次々と並べていく。だが、それだけじゃない。最も重要なのは、この決定的一撃だ。
「こんだけやって分からなければ、私はタイヨウくんの鈍感力を本気で疑うよ」
ド派手なピンクの「ラブレターです!」と言わんばかりのプレゼント用カードと、ラッピング用の赤いリボンを添える。
この赤いリボンこそ、今回の作戦の肝だ。
実はこの日のために、『相手の髪色に合わせたリボンのラッピングは告白のサイン』だと、タイヨウくんに散々刷り込んでおいたのだ。
スピリット学園では、「好きな相手にその人の髪色のリボンをつけたプレゼントを渡すのが、密かに流行っている」という噂がある。
もちろん、これは私たちがタイヨウくんに気づかせるために作った、"都合のいい風習" だ。
日々のアイギスの訓練中、何気ない会話の中で少しずつ、「ねえ知ってる? スピリット学園では、相手の髪色のリボンを使ったラッピングって、特別な意味があるんだって」 とか、「それを渡されたら、つまり……そういうことらしいよ?」 とか、タイヨウくんの鈍感な頭にも、しっかり染み込むように、繰り返し吹き込んできた。
これだけの伏線を張った上で、バレンタインという特別な日に、目の前にこのリボン付きのプレゼントが現れたら――さすがのタイヨウくんも気づくだろう。
でも、それでも気づかなかったら……私は知らん。私の手には余る案件だ。後は勝手にやってくれ。
「これで準備は万端ですね!あとはチョコを最高の形に仕上げるだけです!!」
モエギちゃんが腕まくりしながら、にんまりと笑う。
「さあ、愛と情熱をたっぷり込めたチョコ作りを始めましょう!」
「ちょ、待って、モエギちゃん、その言い方はちょっと……!」
ハナビちゃんが慌てるのをよそに、アゲハちゃんが手際よくボウルや調理器具を並べ始める。
「はいはい、じゃあ手ぇ動かして。いつまでも作戦会議やっててもチョコはできないでしょ」
こうして、学園最大の恋愛工作作戦は、実際の"お菓子作り"へと移行するのだった。
ハナビちゃんは最初こそ戸惑っていたものの、今は手際よく生チョコを作っている。
生クリームを温め、刻んだチョコを加え、静かにヘラで混ぜるその手つきは慎重そのものだ。
「ハナビ、そんなに緊張しなくてもいいのよ」
アゲハちゃんが、オーブンの温度を確認しながら言う。
「で、でも……これは特別だから」
ハナビちゃんは少しだけ頬を染めながら、そっとチョコの状態を確認している。
「そうですよね! だってこれは、タイヨウさんに渡す本命チョコ!ですもんね!」
「も、モエギちゃん!!」
ハナビちゃんの顔が一瞬で真っ赤になる。
そんなやり取りを聞きながら、私は溶かしたチョコを型に流し込み、ヘラで表面をならしていく。
すると、アゲハちゃんがふと私を見て言った。
「……そういえば、サチコは?」
「え?」
「ハナビはタイヨウでしょ?モエギはノリで色々作ってるし、私は友チョコと一応兄貴に。で、サチコは?」
チョコの空気を抜くために軽く型をトントンと台に打ち付けながら、私は淡々と答える。
「別に、誰に渡すとかないけど」
「へぇ、意外」
アゲハちゃんが少し目を細める。
「じゃあさ、もし渡すなら誰にあげるの?」
「だから、そういうのは……」
一瞬、ふと頭に浮かんだ。とある、人物の顔が。
でも、それを意識した瞬間、強引に掻き消した。
「……いないよ。私、そういうの興味ないし」
そう言いながら、淡々とチョコレートの表面をならす。
「強いていうなら影法師ぐらい?……あと、まあ、一応お父さんにも」
アゲハちゃんは「ふーん?」と意味ありげな視線を向けてきたが、それ以上は何も言わなかった。
「そろそろ本格的に仕上げていきましょう!」
すると、テンション高めのモエギちゃんの声が響く。
「はいはい、早くしないとチョコが固まるわよ」
アゲハちゃんが冷蔵庫を指しながら促す。
私は適当に肩をすくめ、ヘラで生チョコの表面をならすと、何事もなかったかのように作業に戻った。
こうして、バレンタインの準備は着々と進んでいった。
そうして迎えたバレンタイン当日。
ハナビちゃんの手の中には、可愛く赤いリボンでラッピングされたチョコの箱。
私たちは、タイヨウくんの元へ向かう彼女の背中を押す。
「が、頑張る……!」
ハナビちゃんが小さく呟く。
「大丈夫よ、絶対にうまくいくから」
アゲハちゃんがサラッと励ます。
「明日はカップル成立記念日ですね!」
モエギちゃんもニコニコしながら言う。
私は、少しだけ後ろを歩きながら、その様子を静かに見ていた。
――バレンタイン。
恋をする人にとっては、特別な日。
でも、私にとっては――……。
何も言わず、鞄の中に手を入れる。
そこには、ひとつのラッピングされたチョコの箱。
他のみんなとは違う、特別なリボンで包まれたそれ。
別に、深い意味なんて……ない。
そっと指先で箱を撫でて、私は何事もなかったかのように手を引っ込めた。
「また明日、結果を聞かせてね」
そう言って、彼女の背中を見送った。