【花天月地】第73話【星燐の欠片】。
この話は、私自身はとても気に入っている話なのですが、
注目していただきたいのは
涼州戦の総括的話になっていますので、多くの武将が出て来ますが、
「それぞれがちゃんと違う考え方をしている」
という点。
これ前にも話しましたが、戦記物やキャラの多い長編。
読んでると「みんな作者(の考え方)だな……」という作品があります。
要するにキャラの書き分けをちゃんと描けているか?
という話をする時に、この話は我ながら見事に掻き分けられているなと思うので、私が思うキャラの書き分けをちゃんとするってこういうことなのです。
作者をまず捨てて下さい!!!!
作者の考え方を!!!!
入り込むのです入り込むのです!!! キャラに!!!
確かにいつもは長編の作者ってある意味神の視点で俯瞰に世界を見て、三人称で描いていくものですが、
キャラの書き分けをする時はキャラにもう入り込んで下さい!!
どっちかというと俳優になり切って下さいもはや!!
この話は
まず賈詡先輩が珍しくぶちぎれています!!
賈詡先輩になり切って下さい!!😇
彼からすると郭嘉に好き勝手やられてようやく本陣に戻ったと思ったら張遼が瀕死になってて「なんで!?」ってなったら李典と楽進から「龐徳と一騎打ちをして、槍を交えずにやられた」って聞かされたのです
「お前らは何してんだよ!?💢💢」です!!
賈詡先輩は非常に冷徹で抜け目のない性格ですから、戦場で生き残るべき人の優先順位をしっかりと把握しています。
「お前ら二人が生きて戦場に立つより、張遼一人がいた方が敵の脅威になる」
これが賈詡先輩の考え方なのです。
そこらの軍師よりは俺が生きていた方が魏の役に立つと彼は思っていますが、自分と郭嘉、司馬懿ならば、郭嘉と司馬懿を生かさなければならないことを賈詡は分かっています。それは、彼ら二人を死なせて自分が都に戻っても、郭嘉は曹操の腹心、司馬懿は曹丕の腹心。この関係性を見れば、この二人が死んで自分が生きて戻っても重用されないことを分かっているから。
賈詡は【心は別にして計算が出来、損得勘定が高い水準で出来る】人です。
些細なミスなど賈詡は「お母さんに叱ってもらってこい」と見逃してくれる人ですが、深刻なミスほど、自分自身の評価に関わって来るので許さない度が大きくなります。彼は降将なので、何か自分に深刻なミスがあればいつでも首が飛ぶという自分の状況が分かっています。ですから細心ですし、暢気では無いのです。
賈詡は非常に魏軍における「人間の価値、相場」が分かっている人なので、
【張遼】【郭嘉】【司馬懿】は少なくともこの涼州遠征では無傷で都に返さなければならないことが分かっています。この人たちの共通点は魏軍において汎用性が極めて高く、どこの戦線に送り込まれても一騎当千の働きをするため、替えが利かないタイプということ。
それでいうとこの時点で郭嘉が瀕死になり、本陣に戻ったら張遼も瀕死になっていて、しかもそれが致し方ない戦場の深手とかではなく、死ぬ気で出て来た龐徳の一騎打ちを受けて剣を合わさず斬られたと聞いた時に、張遼が瀕死で李典と楽進がピンピンしているのが賈詡からすると無性に腹が立つことなのですね。
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本陣を奇襲され陣外に逃げ出した魏軍は、兵の総数自体はさして減らさなかったが、軍師郭嘉が瀕死の重傷を負った為、治療させながら天水の砦に引き上げた。
天水砦に引き上げると更に絶望的な報せを持って、李典と楽進が賈詡達を待っていた。
単騎で龐徳と遣り合った張遼が刃を合わせずして斬られ、こちらも死傷を負い軍医達の必死の治療を受けていたのだ。
「龐徳と一騎打ちなど、何故止めなかった!
何のためにお前と李典がいたんだ! 楽進!
死にたがって単騎で出て来た龐徳など遠くから簡単に射貫いて、
捕らえてから好きに自刃でもなんでもさせれば良かった!
簡単なことだろ!
張遼がそんなことを望んでも、お前ら二人がそこにいるより魏軍では!
張遼一人がいる方が重みは遥かに上だ!
それは敵軍にとってもそうなんだよ!
例え割って入って張遼にお前らが斬られたとしても、止めるべきだったんだ!」
あまり感情を激することがない賈詡の、本気の怒気だった。
「俺がその場にいたら、戦いたがる張遼にこの首を差し出しても奴を止めた!
総指揮官の俺でさえ命を懸けて、張遼に勝手な戦などはさせない!
お前らが張遼より先に死ぬなど、更に当たり前のことだ!」
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これが賈詡の考え方なのです。
総指揮官の自分でさえ張遼に斬られてでも一騎討ちを止めたのに、お前らがなんで無傷なんだ訳を言ってみろ!!!💢💢っていうことなのです。
司馬懿はこういう所、賈詡の言っている領域を理解出来る人です。
まさにそうだなと思うから、こういう時は司馬懿と賈詡の意見は一致します。
しかし李典と楽進は張遼が自分が行くと言った時に、頷いてしまいました。
いずれ分かることですが、実は李典も賈詡が言っていることは分かるのですが、張遼は例え自分を斬っても一騎討ちを止めなかっただろうなと思って、覚悟の上で止めなかったという背景があります。
彼は賈詡にこういう風に責められることも承知でした。だからしっかり説教された後「もし涼州騎馬隊が再び来襲したら、迎撃をしていいのでしょうか」
と【冷静な声で聞いた】という言葉があります。
一方楽進は何が起こっても仕方ないと腹を括っていた李典とは違って張遼が黙って斬られると思っておらず、非常に狼狽えています。
賈詡
司馬懿
李典
楽進
と冒頭四人が出て来ますが、それぞれの考え方、思想、捉え方にきちんと違いが現われています。
書く時もう入り込むんですよ。それぞれに。
賈詡の気持ちで無傷で戻って来やがった二人に大説教です!
しかし、言われた李典に入り込むと(こうなると思ってたけどもう仕方ねえ)なのです。止められなかったんだからしゃーねーだろと半ば居座っているので、賈詡の説教も話半分に受け止めて平然としています。
一方楽進は「自分の判断ミスだ」と賈詡の説教をしっかりと心の底で受け止めて、後悔の嵐。ほぼ何も喋っていません😇 賈詡殿の言う通りだと自己嫌悪中です。
楽進君の自己嫌悪の先はまた別のエピソードで語りますが、
このように本当にキャラ掻き分けというのは、私の場合ですが、俳優になったつもりでそのキャラの考え方や思想、物事の価値観に照らし合わせて行動やセリフを描きます。
作者自身の思想とかはここでは一切関係ありません!!
これが、作者の主観でキャラを動かすだけにしてしまう人とかがいるのですよね。
例えば張遼の瀕死をみんなでただ深刻に受け止めるだけになったり。
皆が、李典や楽進に「張遼が戦いたがったらそら仕方ないよ。気にしなくていい」などと慰めに走ったり。
その場で「色々な考えを持って、別の動きをする人間」が何故かいないのです。
これ皆さん自分はまあまあちゃんと色んな動きしているキャラを書けていると思ってる方かなり多いと思うのですが、結構【反論するキャラ】とかを書けていない人って実はいるんですよ。
主人公を批判したりするキャラ、書いていますか?
ヒロインの身勝手を、作者がヒロインを可愛いと思っているからといって何故か全部のキャラが優しく許容してしまったりしていませんか?
戦って来る敵の姿を見て、何かを感じ取り、心を揺らすような味方キャラとかちゃんと書いてます?
主人公、ヒロイン、味方キャラを、
第三者的な目で見て、批判したりついて行けない、というような立場を取るような人がいないのは、非常に不自然な世界なのです。
三国志はその点原料が史実なので、本当の人間の行動が現われていますから、
関羽や張飛をどんなに「創作」が賛美しても、この人たちの行動についていけねえ!!ってなって離反してる人とかもいるのです。
張飛といえば長坂の戦いで長坂橋を死守し、仲間を逃がすために殿を引き受けて奮戦するような英雄的な活躍をする一方、部下に厳しく当たって死なせていたりもする暴虐的な面もあり、最終的には部下の反乱によって暗殺されているのです。
極端な例とはいえ、三国志が非常に人間的なのはこういう部分で、
夷陵の戦いで揉めてる場合じゃないのに呉将が陸遜の指揮力を疑い文句を言っていたりするのですが、
でもこれが【群像劇】なのですよ。
作者の手の届かない場所でキャラがちゃんと独り歩きして、動いていること。
私がこの話の冒頭の四人で、一番考え方近いの実は李典ですね。
張遼が「自分一人で戦う」などと言った時点で止めようがないんですよ。
それこそ「お前が斬られても張遼を止めるべき」と賈詡先輩は言っていますが、李典からすると「多分俺が斬られても張遼止まんなかったと思うよ」なのです。
それを、「お前が死ぬ覚悟が無いからこんなことになった」と賈詡先輩に言われても「別にそうじゃねーんだけどな~」なんですが、でも滅多に怒らねえ先輩が大激怒してるんですから「いや、俺も死ぬ気はありますけど……」なんて口答えしたら本当に掴み掛られて首絞められますから、黙ってたんですよ😇 こういうとこもすっごい李典の気持ちが一番私は分かる。
早く説教終わんねーかなーと思いながら、黙ってるんです。
でも作者は、
賈詡の気持ちも分からなきゃいけないし、
司馬懿の気持ちも分からなきゃいけないし、
楽進の気持ちも分からなきゃいけないし、
分からないと「書けない」わけです。
【憑依】ですね!!
キャラ掻き分けは本当に憑依なのです!
キャラに入り込んでそのキャラ固有の言動をします。
こういうことをちゃんとやっている作者は「多すぎるキャラ」とか出しませんよ。
自ずと自分がなり切れるキャラの限界が分かりますからね。
キャラを、客観的に書くことが掻き分けに繋がると思っている人いるかもしれませんが、実は憑依し、キャラになり切り、主観的にそれぞれのキャラを書くことが、もっとも有効なキャラ掻き分けに繋がるのです。
一方本編に戻りますと、
賈詡先輩が珍しくイライラしている一方で、
司馬懿は冷静さが目立ちます。
司馬懿は「戦場では何でも起こり得る」ということを何よりも心得ている人で、
私のイメージでは敵がどんな手を打ってこようと、味方がどんな失態をしようと、無策になることは無いのが仲達さんのイメージ。
元々【涼州遠征は容易くない】と覚悟のうえで彼は来ていますし、それを考えればここに至る前が何事もなく来過ぎていたくらいなので、もっと最悪の状況も想定して来た司馬懿にとっては、今になって色々と予想外のことが起こってエンジン掛かって来たなーくらいの感覚です。
あと、司馬懿は曹丕の腹心ですが、自分があまりに失態をすれば処罰される覚悟もちゃんとしています。この人は曹操に疎まれていたので、そういう点で元々危機感や覚悟は人一倍持っています。
賈詡と司馬懿の考え方の違いを一つ上げるならば、
賈詡先輩は出来る限り長生きしたいと思っています😇
司馬懿は出来る限り長生きすることが人生最大の目的ではありません。
曹丕の側で、天下の大事業に携わることが目的なので、腹は据わっています。
そういう所がこの場面の二人の冷静さの違いに出ています。
賈詡が言っている
「それは曹丕殿下のご寵愛深い司馬仲達殿と、涼州出身の降将である俺では置かれた立場が全く違いますからね。貴方は頭痛がせずとも、私はします」
というセリフはこのあたりの事情の違いを示唆しています。
一方ここに中盤から【徐庶】が絡んで来ます。
この人も考え方は魏軍の中で極めて独特なので、ここで今度は
司馬懿
賈詡
徐庶
の会話のターンに入ります。
三人それぞれが意見を述べ合うというよりも
【司馬懿】【賈詡】と【徐庶】という歪なパワーバランスで、
涼州側に同情的な徐庶は「涼州騎馬隊」「馬超」などを庇おうとするので、
こういう態度も今の賈詡先輩は癇に障ります。
こういう時に考えるのは、イライラしている賈詡先輩が徐庶が何を言ったら導火線に火が付くのか? ということ。
徐庶の話す言葉は、侵略される涼州の民に同情的な立場を取るため、作者の私からすると「徐庶の言ってることは当然理解出来る」ことなのですが、忘れてはいけません。賈詡たちは魏軍で「侵略軍」なのです。
その視点で見ると、魏軍に属してここまで来たくせに今更涼州に肩入れするような徐庶の言動は、非常に腹が立つものなのですよね。
つまりこの場面で賈詡先輩の「導火線」は徐庶が正論を言うことなのです。
口答えをするよりもムカつくのです。
なので
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「彼らの進軍速度は、賈詡将軍が一番理解してるはず。
今から手を打っても、無駄です」
賈詡が戻って来て、徐庶の胸倉を掴み上げた。
「無駄だと。何様のつもりだ! 貴様!」
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と、「今から涼州騎馬隊を追っても無駄だ」と徐庶が正論を言った途端に賈詡先輩がぶちぎれているのはこういう理論なのですね。
お前も今は魏軍の分際でなんだその言い草は!!💢💢なのです。
賈詡の考え方と
徐庶の考え方の違いをしっかりと把握し、
同じ軍にいても考え方が違う二人、という認識を作者が持っていなくては、こういう軍内の悶着は描けません。
そして軍内の悶着こそ、戦記物の華なのです!🥰
さあ損得勘定一番上手い賈詡先輩をぶち切れさせてしまったら徐庶さんは元々蜀贔屓の方ですので、魏将としての反論の余地が残されていません!!
万事休す!!
と。
ここで登場するのが【郭嘉】なわけです。
曹操の腹心!!
降将の賈詡先輩が分が悪くなる数少ない相手の一人!!
賈詡先輩は郭嘉と仲悪いですが(ある意味仲いいけども)、それは郭嘉や夏侯惇が絶対的に【魏】だからなのです。この二人からすると賈詡先輩が魏将の心得とか語っていると「随分殊勝なこと言えるようになったんだね賈詡😊」って言われるからやりにくい相手なのです。
【郭嘉】は賈詡先輩を理論と魏力(魏の為に貢献する力のこと。(今名付けた))で圧倒出来る数少ない人ですから、
徐庶と利害が一致したことで、珍しく「徐庶の行動は自分が命じたもの。処罰なら私が受ける」といいます。郭嘉は、自分ならば賈詡の怒りを抑えることが出来ると知っているからこうして口を出して来ました。
逆に言えば、徐庶が簡単に賈詡を論破できるような男であれば、わざわざこんな手助けをしたりは郭嘉はしません。今回のことに関して、賈詡の怒りが相当なものであると理解し――自分が出て行かねば収まらないだろうと読んでのことです。
【AにBは抑えられないが、CならBを抑えられる】
などという、方程式のような、キャラのパワーバランスなど、ちゃんと考えているでしょうか?
戦記物は本当にこういうパワーバランスに則ったキャラの動かし方を決めねばなりません。
将棋のように!!! 自由に盤上を行き来出来るわけではありません!
「斜めにしか動けない」とか
「一マスしか動けない」とか
「ぶつかるまで直進出来るけど縦だけね🌸」とか
要するに軍規というものは制約が付くわけです!
え? 今面倒臭いなーって言ったか!?
ごめんな!!! 真の戦記物好きって制約つく軍人のパワーバランスとか面倒臭いとか思ったこと一度もない!! むしろその制約つく軍人の不自由さとかも魅力!!✨
「庇ってやりたいけど立場上庇ってやれない」とか号泣するところですからね!
軍におけるパワーバランスの描き方も、このエピソードは見事に描き出されていて、戦記物好きなら大興奮のエピソードのはずなんですが、今の所私以外にそんな大興奮してる人見かけたことないんですがおかしいなぁ……😇
とにかく【郭嘉】のカードが出て来たら、
人生ゲームで言うたら「台風が来て全てを失う。振出しに戻れ!」みたいなもんです!!
【郭嘉】がなんか言うて来たら、大概どうしようもありません!!
(しかし郭嘉も自分のそういう影響力はちゃんと把握しているため、何でもかんでも喋ったりはしない弁えは持ってる)
賈詡先輩の
「お前が死んだら郭嘉も死ぬと言ってる。
お前など俺は瞬殺出来るが、郭嘉だけはどうにもならん‼
さっさと退出して陸議でも見舞ってろ。徐庶。
俺がお前の首をこの手で絞め殺さないうちにな」
というセリフは【郭嘉】が口を出して来たら自分が引き下がるしかねえことを分かっているから飛び出したもので、
「……あの野郎を絞め殺してやりたい」
も然り🥰
ぶち切れてもやはりさすがは賈詡先輩冷静さを取り戻しどころ弁えてます!
ちなみにこのあと
「郭嘉から話を聞いて来い」と司馬懿が言うのに対して、
賈詡が「俺には話さない。長安に送り返して荀彧に話を聞かせてくれ」と言っており
賈詡先輩が手も足も出ない【郭嘉】ですが、
【荀彧】だけは【郭嘉】というカードに影響を及ぼせることも示唆しています。
こういうのもいいよね~パワーバランスパワーバランス!
良きキャラ掻き分けにはしっかりしたパワーバランス描写が存在するのです!
「俺の手には負えない。あとは荀彧に任せる」
などと弱音を吐いた賈詡先輩に、「この件に荀彧を巻き込むな」と司馬仲達様の冷酷な一言であります🥰
さて、退路を断たれた賈詡先輩は
いよいよ郭嘉との一騎討ちに向かいますが。
私がこの話で一番気に入ってるの
賈詡先輩が両手で顔を覆って「……曹丕殿に殺される……」と本音を吐露して、郭嘉を笑わせる所。
賈詡は、非常に自分が降る時に曹操と敵対して、戦いの中で彼の子供や典韋を死なせたことを弁えていて、失態を犯せば自分は容易く処罰されることを恐れている人でした。そのため非常に言動が慎重であり、迂闊な手を打たない人です。
漢王室、魏と大変情勢不安な場所で生きて、77歳まで重用されているのは本当に凄いと思いますね。
ただの一匹狼だったらそうはならないと思うんですよ。
この辺りの背景から、賈詡は単に切れ者の一匹狼というよりは、本当に頭の回転の速い賢い人で、下手な手を打たない優秀なタイプ。
他愛ない付き合いとかなら、結構人とも交流し、深くは絶対付き合わないタイプだけど、割とあの人と話すと面白いよとか言われるタイプ、ユーモアはあるタイプだったんじゃないかと私は思うのです。
だって門を閉ざして誰とも交流しなければ、確かに暗殺もされねえけど絶対重用もされねえだろ。仲間も出来ねえのに軍師とかやっていけねえだろうし。
現代で言うと飲み会とかには誘っても絶対来ねえけど毎週土曜の将棋愛好会には参加してくれるみたいなタイプだろ その日だけは飲んで話したりして帰ってくれるみたいな
だから私が賈詡を書く時に心がけているのは、滅多にミスしない非常に賢い人だけど、どこか人間的な所は出すようにしています。
今回の人間味はこの「曹丕殿に殺される」という部分
どーしてくれんだお前のせいだぞっていう訴えですね
滅多に追い詰められない賈詡が本当に追い詰められて珍しく弱音を吐いたので、郭嘉が笑ってしまったのです🥰
うちの賈詡と郭嘉は仲いいわけじゃないんですが、
お互い賢い人なので、お互いが「理解出来る」のです。
そういう意味では信頼もあります。
冒頭李典と楽進をお説教した賈詡先輩ですが、
郭嘉を叱る言葉には、どちらかというと戦況云々というより郭嘉自身の無謀さを叱る意図があり、【郭嘉】が魏にとって特別なカードであるからこそ、もっと自分を大切にしろよ!!! という先輩からの心ある有り難いお言葉という印象が強いでしょう。
冒頭の説教よりも、
郭嘉個人の為に言いたくないことをちゃんと言ってやる、そういうよりこっちの方が賈詡の情けのようなものが見えたら大成功かなと思います。
だって叱り方とかだって人間一定じゃないですよね?
何回言っても分かんねえ奴にはそれは言葉もきつめになって来ますよ。
しかし、自分を普段そんなに困らせないような人が、珍しく困らせてどうしても叱らなければならない時って「貴方にはこんなこと、あまり言いたくないけども」という若干優しい注意の仕方になりませんか?
こういうのも相手を見て、喋り方の程度を調節するとか、キャラになり切ってないと相手をそのキャラがどう見るかとか、分からないと思うのです。
入って来た時は郭嘉がなんだ今日こそ絞め殺してやる!! と思って入って来た賈詡先輩ですが、郭嘉の真意を聞くとさすがに絞め殺すのはやりすぎだと思い留まって、話しているうちに段々と落ち着きを取り戻して行ってくれるあたり、年上の優しさというのをちゃんと描いておきました。
この話を読んで「ここの賈詡先輩……なかなか素敵🥰」などと印象が改まっていただけたらこれまた幸い✨
と、この話にはこれぞ戦記物の人間描写!! というものがキャラ掻き分けからパワーバランスのとり方まで非常にぎゅうぎゅうにおせち料理のように詰まっていますので、私が言う「キャラ掻き分け」ってここまで作者を捨ててキャラに入り込み、俳優のようにそのキャラになり切ってセリフを言ったり、言われたり、それについて考え、反応したり。
作者をある程度捨ててキャラになり切らねば、真の意味でキャラの書き分けは出来ないと私は思っています。
董卓書く時とか絶対私は悪い顔しながら董卓のセリフ書いてると思うわ😊
「フフフ おぬしも悪よのう……✨」
みたいなセリフを書く時は、ぜひ悪い顔をしてお代官様になり切って書いて下さい
家族には突然どうしたんだと精神状態を心配されると思いますが、
役に入り切っているだけだと説明すればまあなんとかなるでしょう!(?)
皆さん悪いセリフ書く時悪い顔してないんですか?
私無茶苦茶悪い顔して書いてますよ🥰