今日見た海外ドラマで
「人間は所詮自分以外にはなれないぞ」
ってセリフがあって、
私もそう思うなあ。
人間はなりたいと心から願えばなんにでもなれると思うけど。
自分以外にだけはなれないと思う。
自分を騙して、誰かの真似をしたりしても、絶対その人のようにはなれない。
だからこそ何かになりたかったら自分が変わるしかない。上達するしかない。工夫するしかない。
カクヨムみたいな場所で小説を書いてると本当に日々そう思う。
自分を磨くことでしか、マシにはなれん。
自分を磨くと言われるとうぇ~~って私も蕁麻疹が出そうになる方なんですが、
そう固く考えないでもいいのかなっていうのはある時思うようになりました。
例えば「今まで好きじゃなかったもの好きになったり」「知らなかったことを一つ知る」とかも、広い目で見たら「磨く」に入れちゃっていいと思うのだ。
見識が広がれば、自分の無知への不安が一つ減る。
知ってる誰かと話を合わせられる。笑い合える。
そういうことで自分自身の感性は間違いなく広がってるし磨かれてると思う。
でもそこで自分をどうにかしようとしないで、他人を小手先で真似たり、AIにすぐ聞いて手っ取り早く答えを得ようとすると、何にも身につかなかったりする。
そうするといつまで経っても自分が自分でその場所にいるだけなんですよね。
自分が今いる場所がものすごく好きなら、居場所でも能力でも、全然それでいいと思います! 無理に変わる必要はない。
でも例えばなりたいものになるほどの力が無いとか。
自分の器が小さすぎて誰かを日々傷つけているのが辛いとか。
やはり変わりたいと思うものがあったら、
それは自分自身を良い方へ変えようとする意志が不可欠だと思う。
「自分以外になれない」
ものすごくこの言葉から失望を感じる人もいるかもしれんが、
私は自分がとても好きなので(好きになった)、この言葉好きなんですよ。
ものすごくこの言葉に絶望を感じていた時期もあるし、
自分が嫌いだった時期もある。
でもそれが嫌だったから変わりたいと心から願って、居場所や周囲にいる人間から、何から何まで変えた。
そうすることで今までと違う自分になれて、
今の自分はすごくいいな、好きだなあ、これが自分なんだなあと思える。
「自分以外になれない」
この言葉に不安を覚えなくなった自分に、なんか今日このセリフを目にしたのはたまたまなんですが、ふと気づきましたね。
人間本当にその気になれば何にでもなれると思うけど、
自分以外には絶対なれないと思う。
私も心底そう思う。
シンプルだがいいセリフである✨
人間は子供時代以外は、もしかしたら割と自分が嫌いなのかもしれん。
だからこそ勉強したりスポーツしたり趣味をしたりして、自分の世界を広げる。
そうやって自分を開いて、磨いて、一つずつ自分のことを好きになって行けるのかもなあ。
「今まで知らなかったことを知ること」
ってやはり私はとても素敵なことだと思うのだ。
知識を広げるって。
一番簡単に、他人に話してあげられることが増える自分になれる方法だなと。
どうでもいいがやはり捜査官の相棒が変わる時って言うのは特別なものだな……✨
すごく寂しいし、心細いが。
避けて通れぬ道だという気もする。
その瞬間はものすごく欠落感があるけど、
でもふと「どこかであいつも頑張っているのか」と思うと、それはそれでなんかいいと思う。
やはり生きていれば何でもいいよな……😭✨
生きていれば、時折近くに行った時に飲んだり話したりも出来るもんね
前に行ったように相棒が変わることを視聴者に嫌な気持ちで刻み付けて来るドラマとかあるけど、私は相棒が変わるってやはり悲しいけど、「一人一人が頑張って独立していく」という素晴らしいことなんだから、やっぱりいい印象で出来る限りそういう話をまとめてくるドラマが好きだなあ。
無茶苦茶寂しいけどね。いいコンビが解散する時は……。
だけど別れても続く友情はやはり永遠に続きますよ。