通常運転ではありますが、
本日の更新で【水鏡荘】が50万字到達いたしました。
創作論50万字艦隊の意味がよく分からない方いらっしゃると思いますので分かりやすく説明いたしますと、私は自分自身で、自分の作品の中や「物事を見る目」の中で実際に実践して取り入れていることしかここには書いていません。
つまり全て【有言実行】したものばかりです。
創作を書く時、読み解く時の技が様々な観点から50万字(現時点でしかない。日々増えている)、少なくとも私が保有しているということになります。
つまり、私が創作で戦いを挑まれた時にはこの50万字艦隊がありとあらゆる方向から多彩な攻撃で敵を迎撃する準備が整っているということです。
50万字、138話。
創作の謎が襲い掛かって来たらこいつらが全艦束になって総攻撃を掛けて打ち崩します。
「どうやってこのシーンを書けばいいんだろう?」
「もう少し魅力的な感じにしたい……」
などという時には、もはやこの50万字艦隊がおれば大概の問題には対処出来ます。
【遠野物語】を書いた柳田國男さんは冒頭、
思うに遠野郷にはこの類の物語なお数百件あるならん。
我々はより多くを聞かんことを切望す。
国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。
と書かれたそうですが、
いいですね~~~~~~~~!!!
これだけ書いても尚「まだこんなもん氷山の一角。もっとあるで。思う存分語って人々の度肝を抜いておあげなさい」と仰ってるわけですが、
アイディアとは私も外界に存在し、自分自身がその中から話の原石となるようなものを発見する。要するに書き手の興味や好奇心が枯れない限り、外界にある知恵や知識は果てなどないと考えています。
「書く内容が見つからない」
のはアイディアが切れたのではなく、
書き手の外界への興味と好奇心が枯れたに過ぎません。
だからそういう時は書く手を一度止め、
外界へと飛び出すのです。
色んなものを見て、再び様々な興味と好奇心を自分の中に取り込む。
そこから話は生み出される。
書く意志、
戦う闘志が消えない限り、永遠に。
それにもう興味と好奇心無くなったかなーなんて思っても数年後妙にある時書きたくなったりもするものです。
一番ダメなのは「書けない」や「書きたくない」という気持ちを否定したり誤魔化したりすること。AIに意見を求めて自分の見識を広げないくせに、自分自身の内面を深く深くひたすら掘り進めて行くこと。それは自分自身の中にしか答えを求めず、自分自身を痛めつける行為になりかねません。
そういう場合自分が枯渇するとなすすべなくなります。
我々は世界の中に抱擁されて生きています。
心の内にあるものや、頭の中の考えは、
所詮他人や世界と自分との交流の中から生み出されていくもの。
自分を発掘するのも時にはいいですが、答えは世界のいたるところに散らばっています。決して自分の中にしかないわけではないのです。
自分だけ掘り進めていると、結局描けるのは自分というたった一人の個人のことに過ぎなくなります。
別に勿論自分のことを永遠に書きたいのならそれもまたいいのですが、
他人は大概他人のことだけにそんな興味は持ちません。
多くの人が広い知識やら、まだ見ぬ物語、日常から離れられる冒険譚、自分が見過ごしている日常の風景に気づかせてくれるような言葉、大概自分に欠けているものを摂取したいと望んで本を手に取ります。
だから創作者は様々な世界や考え方を書かなければ。
様々なものを書くためには現実的な技術が必要です。
【水鏡荘】に書かれているものは全て創作するのに役立つ道具や技術、武器みたいなものですね。
私は要するに50万字、138話分こういうものを保有しているというわけです😊
皆さんは創作を助ける道具や技術を幾つ保有しているでしょうか?
こういうものはあればあるだけ武器になります。
50万字艦隊になりましたが、まだまだ精強なる軍団へと昇格するため日々邁進していきたいと思います!