生きづらさを感じている人間は俯いている。
しかし死にたいときこそ見上げるんだ。
仲間が飛び降りようとしていたり、木に縄を括ろうとしているから。
☆
私が青い空を見上げたとき、ちょうど球体が空に打ちあがっていた。
平日の昼間にボール遊びをする人なんているのか?
いや、あれボールじゃない。
人の首だ。
☆
「はじめまして。本名は明かしたくないのでクビ子と呼んでくだされ」
生首は穏やかに笑った。
「クビ子さんは首から下はないのですね」
「はいドナーとして提供しました。その方が世のためになるので」
貢献的な回答に私は感心した。
私や私の身の回りにいる人たちは「死にたい」と自分のことばかり考えているので、他人のために体を削れる覚悟は勇敢だと思う。
とてもすごい人だと思っていたら、クビ子さんはこんなことを言った。
「私は死にたいと思っております」
「死に場所まで届けますよ」
「ごめんなさい。でも助かります」
「どこへ行きましょう」
「綺麗な景色を落下しながらグチャっといきたいですね」
「では、高いところを目指しましょう」
こうして私は生首を運ぶにいたった。
☆
私は会話が苦手だからあまり喋らなかった。
クビ子さんとの間を流れる沈黙は、不思議と不安にならなかった。
死にたいと思っている同士だからだけではなくて、クビ子さんの雰囲気がよかったのかもしれない。
なにか喋らないといけないと急かすような空気がまったくなかった。
人に合わせることが苦手な私は、友達がいないと可哀想で結婚相手がいないと不幸な世の中に順応できないけど、無言でいても怒られない人といられてとても安堵している。
☆
クビ子さんは頻繁にごめんなさいと言った。
まるで口癖のように。
「謝らなくていいですよ」
耐え切れずに私は言った。
「私はいつも謝罪させられていた立場なので、謝られる立場に立たされると困ります」
「そうですか。ごめんなさい」
「クビ子さんは謝らないでください。それに私は、謝ってほしいと思っていません」
私とクビ子さんはにている。
☆
山頂を目指して私はモノレールを乗る。
「家にこもっていた私は乗り方を知らなかったので、あなたがいてくれて助かりました」
クビ子さんは目を輝かせていた。
死ぬ前に貴重な体験をできてよかったと、楽しそうだった。
「ここ良いですね綺麗です」
クビ子さんは新緑茂る森林を眺めている。振り返れば生えそろった歯のように並んだ町並みが見下ろせるけど人の多い場所には興味がないらしい。
「崖があったらそこで落としてください」
「分かりました」
☆
勾配のゆるい山道を上りながらクビ子さんの独り言をきいた。
「死にたいと思って十年経ちます
でもなかなか死ねなくて……
身体を取っ払ったのは自分を殺す勇気がなかったからなんです
手がなければ縄をくくれない
脚がなければ飛び降りれない
首だけになったのは逃げていただけなんです
でもやっと今日けじめをつけます
でも頼める人がいなくって
あなたには感謝しているんです」
☆
「私は面白がって付き合っているだけです」
私にありがとうもごめんなさいもいらない。
私は、私をいい人にしようとするクビ子さんに訂正した。
「人が死ぬところを見てみたいので」
ただ、死にたがりの末路を見届けたいだけだ。
☆
「ここから落としてください」
空が茜色に染まり始めたころ、私たちは崖を見つけた。
「ポーンといっちゃってください」
「わかりました。いままでお疲れさまでした」
私は首を上へ投げた。やがて球体は重力にひかれてゆっくり底へ落ちていく。
私たちはきっと同士だった。
なのになぜ言えなかったのだろう。
言い忘れた台詞を思い出し、私は慌てて追いかけた。
☆
「クビ子さん!」
私はこみ上がる浮遊感に吐き気を感じながら叫ぶ。
「私はあなたの味方でありたい! だから……」
だから。
その続きが思いつかなかった。
友達になろうとは思わない。
辛いときに孤独を紛らわせるだけの期間限定の都合のいい奴になりたかった!
だけど、これから死のうとする人には要らない土産だ。
それでもクビ子さんに伝わってほしい。
あなたが苦しんだこの世界でも、
あなたの敵じゃないニンゲンがいることを。
この世界が100パーセント
最悪だったのではないと。
死ねなかったのは、
たぶんなかなか 希望を待っていたんだ。
信じていたかった。
最悪じゃないと
本当は 縋りたかったんだ。
ちくしょう。
死ぬことでしか希望を見いだせない人が多い
世の中は
なんて
理不尽