私「お姉さん。せっかく公園にいるのに、すみっこでノートになにを書いているの?」
A「放っておいてください、おチビさん。あなたにはそのように見えるかもしれませんが、自分は真剣に教科書を作っているんですよ」
私「俄然、僕はあなたに興味を持ったよ」
A「だから放っておいてください。あなたには関係ないことなんですから」
私「お姉さんが悔しそうに書き込んでいるものだから、僕は心配しているよ」
A「心配ですか。じゃあ、その優しさは他の人に向けるべきです」
私「優しさって、分け隔てなく平等に与えるものじゃないの?」
A「せっかく優しくするのなら、報われるべきです。親切にしてあげたのに、恩を感じないでなにもしない人って嫌でしょう?」
私「僕は見返りを求めないよ」
A「見返りやお礼はちゃんと教えてください。自分があまりにもトロくて信用できないから、しびれを切らして先回りしていると思うじゃないですか」
私「与えられてばかりで申し訳なかったんだね」
A「だから今後は確認します。見返りはなんですかって。世の中はギブアンドテイクで成り立つべきなのだから」
私「それで、なにを書いているのかな?」
A「女子力を高め、社会で生きるためのコツなどを」
私「ねえ! それ参考書として僕に使わせてよ!」
女性として。
あなたは彼女になにを求めますか。
女子力といえばなんですか。
女らしさってなんですか。
らしさなんて人それぞれだ。
いちいち「らしくない」と言われて傷ついてはきりがない。
なんか違うとはじかれても、歩き続けるしかないのです。
私「よし、今度こそ、パーフェクト・エレベーターガールの称号をゲットだよ」
僕「こんにちは。きみも、ジュニア向け・エレベーターガール講座を受けるの?」
私「うん。そうだよ」
僕「会場に向かいながらお喋りをしましょう。どうしてきみが二回も受講するのか理由を聞いてもいい?」
私「前回の結末に納得いかなかったから。リベンジするべきだと判断したよ」
僕「レアだ。たいていの受講者は、制服が目的で来るから」
私「じゃあ、あなたも服を着るためだけに?」
僕「三番目のお父さんが勝手に応募しちゃって……」
私「合点がいった。その可愛いワンピースはお父さんが買ってくれたの?」
僕「よくわかったね」
私「カンが当たっただけ。僕の父親にあたる人物が、僕に可愛いお洋服を着せたがるから」
僕「連想で当ててみせたのか。上出来だ。でも、きみはズボンを履いているよ」
私「走り回っていると、スカートに土がついてしまう」
僕「だからズボン?」
私「スカートがボロボロになったらあの人にガッカリされるよ」
僕「それ、スカートをボロボロにした行動が気にくわないのかもね」
私「よくわかったね。あの人は僕に女の子らしさを求めていたから」
僕「女の子らしさってなに?」
私「さあ? 教えてくれないから、知らないよ」
僕「不条理だ。正解を伝えないくせに、間違えたら失望するのは自己中心的だ」
私「ちなみにこの教科書には『人の悪口で盛り上がれば女子として上等』って書いているよ」
僕「すべての女子があてはまるわけじゃないけど、噂好きの女子や陰口ばかりいう女子もいるね」
私「きっと世の中のルールとして、そういう女子と話を合わせるべきなんだ。だから教科書に書いてある」
僕「教科書って……それ偏見じゃん」
私「ちゃんと時代や女子的正しさを基準に考えていると思うけど? 少なくとも僕は支持しているよ」
僕「世の中、わからないのに察していかないと嫌われることが多すぎるね」
私「世の中、察していけないことばかりだ」
僕「わからないのだから間違えて当然なのに、許してくれない」
私「急かされるのがとにかくつらい。性別に馴染むのを、ゆっくりやりたいって思っているんだ」
僕「せめて僕は、ちゃんと他人のペースを待てる、寛大な人でありたいよ」
私「短期は損気。なんでかんでも腹を立てると世の中は窮屈になるね」
僕「ところで、建物に入って三分は経過したけどまだ廊下を歩いているよ? しかも、撃たれた子熊をちらほら見かける」
私「熊というか、熊の着ぐるみを着た女の子だよ」
僕「よく見たら、着ぐるみを着た女の子がちらほらいる」
私「倒れている女の子たちは、狙撃されたよ」
僕「物騒だ」
私「麻酔銃で眠らされているから。気にしなくていいよ。実は、ここから試験は始まっているんだよ」
僕「廊下を歩いているだけなのに? 狙撃ってことは、遠くから見られているってことだから……見た目で落とされていると?」
私「ご名答! 用意している制服のサイズがない子は撃たれます。あと、ムスッとしている子もアウト。エレベーターという狭い空間で、怒っている人がいたら嫌になるから」
僕「無愛想は制服が似合わなさそうって? でも参加者はまだ子供で、本気でエレベーターガールを目指していなくて、ただ服を着てみたかっただけなのに」
私「容赦ないのかな?」
僕「憧れの表面をなぞるだけで十分幸せなのに」
私「たしかにまだ子どもだし、自分のレベルに合った夢なんてわからないよね」
僕「叶えていないから夢が見られるのに。夢に切り捨てられるにはまだ早い年齢だと思うけど……」
私「年齢なんて関係ないよ。人生を歩いていると、どうしても理不尽にぶち当たってしまうものだから」
僕「この子、まだ十歳以下なのに達観のセリフが似合っている」
私「禅の世界だと、執着しないことと生きやすさはイコールで結びついているよ? そう、教科書にも書いてあるし」
僕「また教科書か。まあ、きみがその考えをよしとするのなら、僕があれこれおしはかるのは、差し控えておこう」
私「あと、見た目はガチで大事だから、どう見られたいのか服装とふるまいでよそおえって教科書に書いているよ」
僕「たしかに、なめられないように金髪にするのって効果あるらしいって聞くけど。じゃあ今日の参加者は、事前にエレベーターガールにふさわしいふるまいをしておくべきだった?」
私「準備をしなくても、資質がある女の子が羨ましいよ」
僕「きみは充分可愛い女の子だろう」
私「…………。ありがとう」
狐「じゅんじゅん!」
僕「は? 狐が廊下を走り回っているんだけど」
狐「スナイパーめ! まずは僕を撃て!」
僕「喋った」
私「とりあえず会場へ行きましょう」
僕「ようやく会場に到着したわけたけど……服屋さんのような服の置き方をしているよ。セットじゃなくて、シャツコーナーやスカートコーナーに分かれているのね」
私「上着だけでもいろんなデザインがあるよ」
講「こんにちは。それでは、制服に着替えてください」
僕「自分で選んで着るのか。とりあえず、上着とスカートと帽子が同じデザインのものを選ぶよ」
私「ねえ、あっちにネックレスやメイク道具もあるよ」
僕「あれはダミーだから」
私「この人、定石を踏む才能があるね。自分の好みではなく、客観的に合うものを選んでいる。弁えた態度が素晴らしいね」
審「ちょっとお嬢ちゃん。上着とスカートのデザインがバラバラじゃない。あと、なんで帽子じゃなくてフリフリのカチューシャをつけているのよ」
私「うわあ。自由に着せておいて批判はあんまりだな」
審「いいですか。生態が女だからと胡座をかいてはなりません。らしい振る舞いをしなければ、認められませんよ!」
私「耳に痛い正論だよ」
僕「きみはどうしてこんなに自信がないの? 耳を痛める必要はないよね? それにしても、なんてシビアなんだろう」
A「まったくもって許せません」
僕「え、誰?」
私「教科書を貸してくれた人だ」
A「運営側として侵入成功。そろそろジャックさせてもらいましょうかね」
僕「あのー? なんで手榴弾を持っているんですかね?」
A「くらえー!」
僕「わ! 室内が煙だらけだ!」
A「ご安心を。子どもには無害です」
私「運営側の大人たちは? ねえ、倒れているんだけど」
A「眠っているだけです。ご安心を」
僕「安心していいのかな?」
狐「わっはっはー! ここは我々が占領したよ!」
僕「さっきの狐もグルか! それで、望みはなんだ!」
狐「まあまあ、落ち着きなよ」
A「この街はですね、可愛い、かっこいい、美形以外は着ぐるみを着なければならぬのです」
僕「言われてみれば、ほとんどの子供が着ぐるみを着ているし、私服を着ていた子は撃たれていない! まさかの義務だったとは……」
A「せっかく可愛らしい格好ができるチャンスなのに、冷静なジャッジで落とされるなんて非道です」
狐「だから我々は道を踏み外しました」
A「さあ皆さん! 今日は自分のために自由に振る舞いましょう!」
私「こんなの……間違っているよ」
A「でしょうね。後悔したとしても、自分の責任ですから、先のことはいいんです」
私「いいわけあるか! おい、狐! 僕は世間に認められなくちゃいけないの! 邪魔しないでよ!」
A「社会のフィルターを通さずに、自分の目だけで相手を理解していった方が良くないですか?」
狐「それに周りを見てよ。みんな、和気あいあいと制服を着ているよ」
僕「制服を着たがっている子がほとんどだからね。さぞ嬉しいだろう」
私「それでも僕はおかしいと思っている。こんなの理解できないよ」
A「相手を理解することよりも、相手の自由を守ることの方がずっと大事ですよ」
私「ねえ、あなたから借りた教科書には、『女子と喋る時は全力で肯定せよ』と書いていますよ」
A「はい。集団の流れを読んで動かなければいけません。たとえ空気が読めなくても、相手を思いやったり、合わせる努力をしたりしないと……問答無用で除外されます」
私「あなたの行動は規律に反しているよね?」
A「はい。だから自分、はずれものなんです。正しさで切り捨てる人より、仲間外れにされた人に寄り添いたいんです」
私「そうですか…………じゃあ喧嘩しようか」
A「受けてたちます。よろしくお願いしまーす!」
僕「急にバトルしたしたよ⁉︎」
狐「意見のぶつけ合いが目的だから。気が済むまで殴ればいい」
僕「人を殴ってスッキリするの?」
狐「あわよくば友達になれる」
僕「なれるの?」
狐「人と人とは、少しずつ少しずつ、仲良くなっていくしかないと思います」
僕「それにしても、あの子はそこまで女の子らしさをアピールしたかったのか」
狐「前回は散々だったからね」
僕「知り合い?」
狐「礼儀が正しく、大人顔負けな敬語を使いこなしていたから」
僕「それが散々?」
狐「まだ幼い子どもが社会人レベルの対応をしてきたら、かえって不気味じゃない?」
僕「周りは不気味だと思ったんだね」
狐「年齢を気にせずに人を見る、というのは難しいです」
僕「そっか。あの子はかつて、らしくないと思われたのか」
狐「せっかく私という仮面を手に入れたのに、お披露目できなくてガッカリしているだけなんだよ」
僕「……」
狐「喧嘩なんて疲れたら終わるし、君はエレベーターガールに変身すれば?」
僕「僕は、可愛い服を着せられているだけだよ」
狐「ふーん?」
僕「どの再婚相手も、何故か僕を女の子として接してくるんだよね。男なのに」
狐「気づかなかった」
僕「たまに、可哀想な環境にいる人を嘆いて救おうとする人がいるけど、あれは傲慢だ。僕は環境に順応しているのに、不幸という一言でまとめないで」
僕「受け入れる選択をしたんだね」
僕「でも、ふと思う。女の子らしさを強要されているあの子とどっちが生きづらいのかなって」
狐「『自分で決めた』人だからって、『自然にそうなってしまった』人よりもかわいそうじゃない、とか、自分で決めた人のことはいたわる必要がない、とか、ってことはないよね?」
僕「子どもは一人じゃ生きていけないから。僕は身近な大人の顔色をうかがいながら生きていくよ」
狐「ワンピース、似合ってるよ。お世辞じゃなくて、本当だよ」
僕「ありがとう」
狐「それにしても、喧嘩は終わらないね」
私「あなたも僕も女の子らしくないもの同士なのに、どうして対立しているのかな?」
A「ニュアンスが違うからですよ! そんなこともわからないんですかる? 自分、考え方がズレているじゃないですか!」
私「そんなの、見てわからないよ」
A「とにかく、へんに仲間意識を持たないでくださいよ! 同じ女だからって、同一視しないでください」
狐「女同士ならわかる暗黙の了解や空気のノリがわからなくて『なんで?』って思われるのが嫌なんだよね」
A「どうして私は女なのに、女の人の気持ちがわからないんですか? どうして、他の人のように女らしく動けないんですか?」
僕「相手に合わせたいのに、合わせられない人もいるのにね」
警「動くな! おまわりさんだぞ! テロっていると通報を受けた! 首謀者は名乗り出なさい!」
狐「誰がテロだって⁉︎」
A「聞き捨てなりませんなあ!」
僕「なに逆ギレして……飛びかかるな!」
私「うわあ! なんかもう地獄絵なんだけど!」
A「くらえ、爆弾だ」
警「こんなところに野球のバットがある。打ち返します」
狐「爆弾がこっちにくる〜!」
僕「う、うわあ〜!」
警「ドッカーン!」
僕「あいつらは馬鹿だ」
私「さては攻撃が返ってくることを想定していなかったな?」
僕「本気で戦おうとする人は、自分に向けられるすべてに心がまえしておくべきなのに」
私「とくに正しい立場にいると思いこんでいる人間は、不意打ちが見えていない」
僕「うわ、肉片さえ残らなかったか」
私「部が悪くなったから、逃げたのです。……ハッ! あのばかあにきめ」
僕「急に口調が変わったんだけど。こわっ」
・ ・ ・
私「またしても、正義の前に敗れてしまいましたか」
狐「やっぱり、自分が間違っているってわかっていたのか」
私「とりあえず、この街から出ていきます」
狐「僕もついていく。味方だからね」
私「あなたは、否定しませんね」
狐「もちろん! どこまでもお供させてよね!」
私「……Rさん。ありがとうございます」
狐「バレとるんかーい」
この先を共に進むと決めたらば
止まることなく突きとおせ