ゆうびんポストのように赤いドアの向こうは、新聞クラブの作業部屋だ。
でも活動しない日は、クイズのおなやみ相談室として利用している。
いくら考えても答えがわからない子や答えを聞いても納得できない子が訪れるらしい。
相談にのってくれるのは、新聞クラブのリーダーの桃江ヨウタくんと副リーダーの姫野カオルさんだ。
「クイズのおなやみ相談室。そんなのあったんだ」
ぼく、早乙女ススムは小学四年生なのに、まったく知らなかった。
足立小学校はクイズが好きな子が多い。みんなでクイズを出しあうから、なかにはむずかしい問題に苦しむこともあるだろう。
そんな時、いっしょに考えて答えを解説してくれるヨウタくん達は、心強い味方になってくれる。
「そうなんだよ。今回はぜひ、ボクらの活動を見学してほしいんだ」
ヨウタくんは、その仲間にぼくをむかえ入れたいと思っている。
ぼくは一度ハッキリとことわったのに。
でもヨウタくんはあきらめきれないようで、せめて自分たちの活動を見てから決めてほしいようだ。
「ごめんね、早乙女くん。リーダーがどうしても会いたいってうるさくて」
ぼくをこの部屋まで連れてきた、クラスメイトの佐藤さんは手を合わせてあやまった。とても気まずそうだ。
まさか、〝こうなるなんて思っていなかったのだろう〟。
「佐藤ココアちゃんは新聞クラブの一員だよ。文章にまちがいがないか見直したり、ボクの作ったクイズのつじつまが合っているかチェックしたり、たくさんサポートしてくれる心強い味方さ」
〝ぼくにしがみついたまま〟、ヨウタくんが話し始める。
ぼくと佐藤さんは、なんともいえない表情で〝足元〟のヨウタくんを見守る。
「今日はココアちゃんの相談を聞くんだけど……もちろん、ススムくんが同席することは伝えているからね」
ところでヨウタくんは、ぼくの足にしがみつき、しゃがみこんでいる。逃げられないようにつかまえているのかな?
「ねえ佐藤さん。ヨウタくんって、ふだんからこんなキャラなの?」
ぼくが声をひそめてたずねると、佐藤さんは首を横にふった。
「もとからおちゃらけているけど、こんなにベタベタしているのは初めて見た。好きな人の足元による犬だと思ってくれれば……」
佐藤さんががんばってフォローしているが、ぼくにはセミにしか見えなかった。でかいセミだなあ。
「今日は来てくれてありがとう。ススムくんに会いたくて会いたくて、ボクはふるえていたよ」
しがみついてふるえるって、もうセミじゃん。
「ヨウタさん、近すぎますよ」
カオルさんは迷いのない手つきでヨウタくんの頭をつかむと、一気に引きはなした。
やさしそうな外見とはうらはらに、けっこうザツなことをする。
「お久しぶりです、ススムさん。またお会いできてうれしいです」
「こんにちは、カオルさん。カオルさんはやさしいから好き」
「ねえススムくん。ボクは?」
「ご、ごめん。ぼく、昆虫は苦手で……」
「え? 虫?」
「さっそくお茶を用意します。イスにおかけになって、待っていてください」
まずはカオルさんの用意したお茶をいただく流れとなった。
「本日は気温が高く暑い一日なので、冷たい緑茶ブレンドを用意しました。深い香りとほどよいシブみが合わさったお茶を味わってみてください」
アナウンサーのようによどみなくお茶の説明をしながら、カオルさんはコップにお茶を注ぐ。
コップは三つ。ヨウタくん、佐藤さん、そしてぼくだ。
? ? ?
「カオルのお茶を飲んで冷静を取り戻した桃江ヨウタです。さっそくココアちゃんの相談を聞こうかな」
「よかった、クールダウンできて。この相談はリーダーにしかできないから、セミのままだったら困っていたよ」
「え? セミってなに?」
「じつはあたし、クイズチャンピオンに対決をいどみたいんだ」
学年関係なくクイズが大好きなこの学校には、どんなクイズもといてみせるチャンピオンがいる。みんなはギャフンと言わせようと、クイズをだしても、ことごとく正解をあてるという。
「リーダーって、クイズ作りのプロで、新聞のクイズコーナーのクイズを考えているでしょう。クイズを作れる人ってめったにいないから、リーダーは本当に天才だと思う」
「天才だなんて大げさな。これくらいは朝飯前だよ」
「それにリーダーだけが、チャンピオンをピンチに追いつめた。実力があるんだから、自信を持っていいと思う」
「へへ、それほどでもないよ」
ヨウタくんは得意げに鼻をかいた。
でもぼくは、佐藤さんと何度も話しているから知っている。やる気をたきつけるために、ほめているのだ。
「チャンピオンにだすのだから、ひねりがあるオリジナルがいいと思うんだ。だから……本物のお菓子をあつかうクイズにしてほしいの」
「へえ! お菓子のクイズか」
ヨウタくんはおどろいていた。
ちえの輪やジグゾーパズルのように、物を使ったクイズはあるけれど、食べもののクイズは見たことがない。
「あたしはお菓子作りがシュミなんだ。色や形のリクエストがあれば、受けつけるよ」
「ココアちゃんはお菓子が作れるの? すごいじゃないか! ちなみにボクはチョコブラウニーが大好物だよ」
「わかったよ。お礼に作ってあげる」
「うっしっし。がんばるゾー」
おお、ヨウタくんがやる気にみなぎっている。
たしかにお菓子のクイズはめずらしい。うまくいけばチャンピオンに「まいった」と言わせられるかもしれない!
けど……やる気があってもすぐにひらめくわけではない。
ヨウタくんはとても苦戦していた。
「文字の形のクッキーを並べかえて……いや、これじゃあカンタンすぎる。細長いクッキーでマッチ棒クイズならぬクッキーパズル……でもこれってお菓子である必要はないよね」
太陽をあびたチョコレートのように、ヨウタくんはデロンと机にもたれかかった。
「お菓子を使うこと」というルールが、かえってクイズ作りをむずかしくさせている。
「ねえ佐藤さん。なにがなんでもお菓子じゃないとダメ?」
「うん。これだけはゆずれない」
ぼくの質問に佐藤さんは真面目な声で答えた。
それ以上なにも言わなかった。
そっか。とにかく、ゆずれないか。
「いろんな形と色のグミを作ってさ、アタリ以外はトウガラシやレモンで味つけしている……というのはどうかな?」
「わざとマズイお菓子を作るの?」
ヨウタくんのアイデアに、佐藤さんは顔をしかめた。
「チャンピオンがハズレをえらぶわけがないとしても、それはムリ。おいしくないお菓子を作る子だなんて思われたら、悲しくて二度と学校に行けない」
「佐藤さん。そんなに思いつめなくても……」
「あたしがお菓子を作り始めたのは、食べた人に『おいしい』と言ってほしいから。たとえクイズ対決でも手を抜きたくない!」
佐藤さんは、はりさけそうな声で叫んだ。
お菓子作りのプライドを持っているから、クイズのためとはいえ、ワザとマズイお菓子を作るのは許さない。
「もしサイテーなクイズを出さなければならないのなら、リーダーをしめ上げて、あたしは切腹する」
「ううっ、首が! 苦しい!」
「ヨウタくん! しっかりしてよ。まだなにもされていないから」
青ざめたヨウタくんが、首元をおさえて苦しみだした。
想像力が豊かだと、バッドエンドを頭の中で体験してしまうらしい。
マズイお菓子を作らせなければ、しめ上げられないのに、本人はそれどころではない。
陸にあげられた魚のように、ピチピチはねている。
ヨウタくん、人間にもどって。クイズを考えて。
? ? ?
「お待ちください。お菓子はどこでわたすのですか?」
おとなしく話を聞いていたカオルさんの表情がけわしくなった。
まるで重大なミスをしでかしたようなピリピリした空気に佐藤さんは息をのんだ。
「学校の予定だけど……」
「それは……よろしくありません。先生にでも見つかったら、干からびるまで説教されます。俺がその一人です」
「カオル……なんて、かわいそうなんだ!」
復活したヨウタくんがさけぶ。
真面目でれいぎ正しいカオルさんが先生に怒られたのか。それもお菓子の持ちこみで。
カオルさんのことだから、お茶に合うお菓子も用意したかったのだろう。
勉強に関係ないものは学校に持ちこんではいけないからね。怒られるのは当然だ。
それでも、マジメな佐藤さんは、お菓子にこだわるのか……。
「クイズ対決のために用意したお菓子を先生にうばわれてたまるもんか……」
あ、これは、なにがなんでもお菓子を持ってこようと、意地になっている。
まあ、クッキーやチョコなどの小さなお菓子にすれば……って、そういう問題?
「怒られるのは、見つかった時の場合です。つまり見つからなければいいのです」
「あそこの金庫に入れるのはどうだろう? この部屋はあまり先生が来ないから思うぞんぶんクイズバトルをすればいいさ」
「ありがとう! 二人とも!」
佐藤さんたちはかたく、あくしゅを交わした。
? ? ?
「事情はよーくわかった。ならばボクも力になろう! せっかくだから、相手をギャフンと言わせるクイズにしたいよね」
「ありがとう。リーダー」
ヨウタくんのはりきるセリフにぼくは「アレ?」となった。
ギャフンと言わせるために風変わりなクイズを作りたいんだよね?
「たくさんお菓子を作れば、〝おこぼれ〟をもらえるかな? ウヘヘ……おっと、ヨダレが」
ああ、クイズ担当が集中していない。お菓子に意識がそれている!
「まずはお菓子を決めようじゃないか。甘いものが好きじゃない男子っているからね。もし、しょっぱい味が好きならせんべいを焼いたりポテトチップをあげることになるよね」
「ポテトチップねえ……。作り方を調べればなんとか?」
しかし佐藤さんの表情は不安そうだ。
そりゃそうだ。ポテトチップって、工場で作るイメージがあるし、手作りって、カンジがしない。
そこへカオルさんが加わる。
「せんべいの作り方なら覚えています。もしよろしければ教えますね」
「女子から手作りおせんべい……しぶい」
カオルさんがお手伝いをもうし出たが、佐藤さんは顔をしかめている。
甘いものが苦手な子なら、せんべいの方がうれしいかもしれない。
でも、せんべいか。ときめかないよね。
じゃなくて、クイズだよ。せんべいのクイズってなんだろう?
「そういえば、性格と好きな味って関係しているらしい」
「ナイスよ、リーダー!」
「ただし甘いものが好きな人はどんな性格なのかボクは知らない」
「なんてこと!」
「ザンネンながら、性格から味覚を推理できないね」
……あれ? この会話って必要?
なんだか、佐藤さんのお菓子をチャンピオンに食べてもらうために、どのお菓子にしようか考えているような話し合いだ。
チャンピオンにクイズをいどむんだよね?
大事なのはクイズだ。
佐藤さんはマズいものを作るつもりはないのだから、どんなお菓子でもいいのでは?
それに、チャンピオンがお菓子を食べなくても、ぼくらがいるわけだし。
「あの人は、からいものとにがいものが苦手です。それ以外はなんでも食べます」
「なんだ。カオルの知り合いだったのか。そういえば、同い年だね」
「一年生のころからずっと同じクラスなので。とにかく、お菓子であればなんでもイケる口です」
「ずっと同じクラス。いいな……じゃなくて、あとは肝心のクイズだね。リーダーにかかっているから、がんばってほしい」
「よーし、がんばるぞ」
ヨウタくんはこめかみをおさえて、うなりだした。
そのスキにカオルさんがお茶のおかわりをついでくれた。
「ココアさんの得意なお菓子をお聞きしてもよろしいですか?」
「クッキーとゼリーならレシピを見なくても作れるようになったよ」
いいな。お店に売っていないお菓子でも、自分で作れるんだよね。食べたいものを食べられる。すごくいい!
「じゃあ、スイカクッキーの作り方とか知っているの? ぼくはスイカが大好きなんだけど、夏になってもスイカ味のお菓子ってたまにしか見かけないよね」
ぼくがつい口をはさむと、佐藤さんはうでを組んで首をかしげた。
「やったことはないけど、むずかしいと思う。完成までにたくさん苦労しそう」
「そうなの?」
「スイカってほぼ水でしょ? しっかり材料を測っても、スイカの水分で生地がベチャベチャになって、失敗するんじゃない?」
「そっか。くだものとの相性も考えないといけないのか」
「それだ! ススムくん、ココアちゃん。すっごくイイことを言ったよ!」
いきおいよく立ち上がったヨウタくんは、ピキーンと人差し指をぼくらに突きつけた。
よかった。ひらめいたみたい。
「うん、うん……。これならいける。うまくいけば、チャンピオンをギャフンと言わせられるだろう」
ヨウタくんは何が見えているのだろう。
すでに勝利を確信しているようで、ニヤニヤ笑っている。
「しかし、ボクはお菓子作りの知識がないから、ココアちゃんの力が必要だ……。ねえみんな、とりあえずこの作戦でいいかい?」
「その前に説明して。あたしたち置いてけぼりなんだけど」
「今日は早いですね。お茶でも飲んでリラックスしてください」
すかさず佐藤さんが的確なツッコミをいれ、さっそくカオルさんがお茶をつぎたした。
「あれ? あー、そうか、まだ言っていなかったか……?」
ヨウタくんの目が点になっている。
きっと頭の中であれこれ考えすぎたあまり、伝えたつもりでいたのだろう。
「あくまで流れが決まっただけで、クイズはこれから考えるつもりだけどね」
「流れ?」
「この段取りでいけば、ココアちゃんの望みが叶うよ」
ヨウタくんは、真面目な声で言い放った。
対決に勝てる、ではなく、望みが叶う。
なんだかみょうな言い回しだ。
だけど佐藤さんは指摘しない。
むしろなにかを決意したような顔つきになった。
「お願い。まだ聞いていないけど、それでいこうと思う。リーダーを信じるよ」
「オッケー。まかせといてよ」
ヨウタくんは力強くうなずいた。
なんとしてでも成功させようとする自信があふれでていた。