道路を走るバスの窓から公園で遊ぶ子供を見かけた。
夕方。オレンジの日差しが砂場でしゃがむ二人を照らす。
私にも公園で笑っていた記憶がある。
懐かしい思い出を思い出した瞬間、急に泣きたくなった。
あの頃は悲しい思い出だけではなかったのに。
視線を手元へ向け、私は現実に戻る。
今日はこれから楽しいパーティが始まるんだ。
楽しいひとときを過ごすんだ。
数日前に貰った手書きの招待状。ミミズが這ったようなかすれた文字でパーティの場所が記されている。
たくさんの人が楽しんでいる場所へ行くのは辛いけれど、今日だけは無理をしてでも行かなければならない。
なぜならパーティの主役はかつて私を友達と言ってくれた恩人だから。
バスを降りたとき、空はオレンジと紺色に分かれていた。
急がないと間に合わないのに、私はうまく進めないでいた。
バスはいい。勝手に私を運んでくれるから。
でも、ここから私の意思で進まなければならない。
なにがあっても笑っていようと覚悟を決めて、恩人に会わなければならない。
バス停のベンチで老人が座っている。
老人は私をもっと不幸になればいいと言いたげに睨んでいる。
電線にとまっているカラスと目が合った。
かつて私を嗤う同級生と同じ目をしていた。
怖くなって、私は集合場所へ向かうことだけに集中する。
受付に行くと、シマウマの被り物で顔を隠した執事が「ようこそ」とナイフを差し出した。
狭い病室には動物の被り物をした招待客が今日の主役を取り囲んでいる。
主役は、赤い三角の帽子を被った少女。最後にあった時と変わっていない私の恩人がベッドの上で行儀よく正座していた。
目が合った。覚悟を決めて私は近づく。少女は差し当たりのない言葉を口にした。私は戸惑いながらも返事をした。
私は待っていたつもりだった。けれど少女は固まった。なぜ、私が積極的に話しかけてくれないから悲しんでいるのだろう。
これまでの鬱憤を晴らす機会だから、私は聞き手として耳を澄ませているのに。
本当は知っていたんだよ。
私はあなたに嫌われていたってこと。
でも、私が一人になってしまうから、突き放せなかったんだよね。
ごめんなさい。
本当は、私はここへ来るべきではないんだよね。
謝りたいけど、自分が満足するだけだから何も言わない。
簡単な挨拶をすませ、私は部屋の奥へ避難した。
振り返ると、彼女は不満げに私を睨んでいた。
悪口を言いたいのなら、言えばよかったのに。
人目を気にしたのかな。
「時間になりました」とシマウマがボタンを押すのが見えた。
天井から、ケーキが雨のように降ってきた。
友達は上機嫌で天へ両手を伸ばし幸せになるお菓子を奪いあう。
みんなが上に目を奪われているなか、私と彼女は感情を押し殺した目で見つめ合った。
きっとパーティが終われば今度こそ私たちは決別するだろう。
会話ができるのは今のうち。
謝れるのは今しかない。
でも、私はベッドに近づこうとしなかった。
もう私たちは分かり合えないんだよ!?
言葉なんて届かない。
後悔してもこの気持ちを伝えることは所詮言い訳でしかない!
その時彼女の口が動いた。私の名前を口にした。
いよいよ私は目を逸らした。
これ以上傷つきたくないから。
私は逃げることにしたのです。
ケーキに飽きてきた友達が恩人に接する。
ヒドイけれど、私は早く終われと床を見つめながら時間を過ごした。
主役の彼女に私のせいで不快にさせないように気配を消して、空気になりきる。
しばらくすると、病室にピエロが現れた。
みんなは楽し気な雰囲気を崩さずに「さよなら」と恩人に言った。
彼女も目を輝かせて近づくピエロを待っていた。
「ありがとう。今日はいい一日だったよ」
少女は誰も見ていなかった。
やっと心から笑える彼女にみんなが「よかったね」と言う。
そう、よかったのだ。
彼女はこれ以上生きたくないと苦しんでいた。
やっと今日解放される。
私たちは彼女が幸せになれる瞬間を見届けることのできる。
だから私は、見なくてはいけない。
彼女の最期を。
「なんでこうなったんだよ」
彼女が低く唸った。
突然病室が重くなった。
一番遠くにいる私ですら、笑顔を浮かべる彼女の瞳が涙であふれていることに気づいてしまった。
「やっと私は死ねる!でも、本当は幸せに生きたかった!なんで死ぬことでしか私は幸せになれないんだよおおお!」
友達が次々と嗚咽を押し殺している。
本当はみんな無理していたんだ。
こんな笑えない状況を楽しいふうに装って、彼女の選択が間違っていないことを信じたかったのだ。
「ちくしょう…次も人に生まれ変わることができるなら、普通の人になりたい」
それが彼女の最期の言葉だった。
クリームの甘ったるい匂いと血液の鉄の匂いが入り混じった病室で大勢の友達は泣いていた。
最後を見届けた私は病室を出た。
やるせなさを感じながらバスに乗っていた。
明日になれば、私は辛い日常を続けなければならない。
道路を走るバスの窓から公園で一人泣いている少女を見掛けた。
あの影はかつて友達だった私の恩人と似ていた。
今の私なら、あの少女になんて声をかけるだろうか。
悔しいことに何も思いつかなかった。
ようやく私は、面倒事から逃げていたと気がついた。