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呼吸ですよ

ある技能について呼吸とか言う奴大嫌いなんですよ。「いやいや呼吸ってのがどういうことかを知りたいねん」です。

でもすっごいしっかりした人も呼吸みたいなことを言ってたりするわけですよね。嫌になります。

【みなさん、小説は呼吸です】
せめて私は出来る限り説明しようと思います。

どうしたいか?です。何を書きたいか?ですね。圧倒的な意識の話です。わかりやすいのはリズムだと感じます。文章って速度があるんですよ。フォームを崩しながらもがむしゃらに走るべき時がありますよね。

爆弾に向かって走るんですよ。恋でも、友情でもいいです。なんにしてももうすぐ爆散してしまうから走らないといけない。

「もう時間は残されていない。あと5分ないかもしれない。A棟オフィスからB棟のあの部屋までは5分では間に合うかどうか。間に合ったとして対処できるかどうか。私は混乱しながら駆けだした」

説明してる間に爆発しますよ。

「理解した私は駆けた」

でいいのだと思います。主人公も出来事に置き去りになっているんです。読者も一緒に置き去りにするべきです。爆弾を解体してから説明したらいいんですよ。先に解決してから読者と一緒にさっきの出来事について考えてみたらいい。そうする方が仲間みたいでむしろいいです。

というようなことがあらゆる要素に言えると思うんですよ。つまりこの場面のリズム、この場面の文体、この場面の描写、そういうのをしっかり選び取ることを呼吸と言えると思います。

なぜ呼吸なのかと言えば、この近況ノートみたいに理詰めではまだまだだからです。書いてるうちに直観して「速度をあげよう、いやあがってきた」「ここは丁寧な言葉で書いてしまう」「ああ、この光景を書かないと」としないといけないのだと思います。

私はまだ水中にいるのかと思うくらい呼吸できていないです。もっと呼吸したいと思います。

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