ゆる哲学ラジオというYou Tubeチャンネルが好きです。
最近そのチャンネルでこんな動画が公開されました。
『中田敦彦の哲学動画の間違いを指摘しまくるよ!』
You Tubeで大学なんて名乗って多数の信者を獲得。オンラインサロンを開設して気付いたら本人はシンガポールで暮らしていたりと、なんかうさんくさい中田敦彦の哲学の動画を、ゆる哲学ラジオのトキヒラさんがきちんと学んだ立場として批判しよう!という動画です。(早口
間違った知識が世の中にばらまかれることは許せないですね。正しい知識に修正する。正しいことですし、刺激的でおもしろい動画です。
私にとってはより刺激的な点がありました。
私、哲学にはっきり関心を持ったきっかけ、まさに訂正を受けてる中田敦彦の動画なんですよね…!!コメント欄を見ると中田さんの動画は各学問分野で嘘を垂れ流す悪のような扱われ方をしていてました…どうしよう、そこからはじめてしまった…笑
でも両方好きな私からするとどっちもいいんですよね。
中田敦彦さんの動画はコロナで家にいる期間によく見ていたのですが、あの動画の良さは詳細が記憶に残らないことです。
中田さんの動画で哲学について詳しく知識を得たわけではなくて、哲学がおもしろそうっていう印象を得た感じです。ご本人もエクストリームと題してざっくり語るって言っていて、学びのきっかけになればというスタンスです。その通りで詳細な記憶は残らないけど、学問に触れるきっかけになる。
『おもしろくするために正確さを捨てて脚色してないか?』してます。芸人らしい味付けをしてそのために正確性は損なわれています。でもそんなの見たらだいたいわかりません…?
なので言い方悪いけどあの動画だけを真剣に見て学ぶ人いるの…?というのが私の感覚でした。実際に私は内容全然覚えてないです。そもそもが芸人さんで、専門分野として学んでない人です。完全に信用する人がどうかしてるのでは…?というのが私の感覚です。
そこから私が感じたことは「なのに妙に社会悪のように捉える人が多いな?」でした。不正確な動画出すのは確かによくないけど、こんなにヘイト集まる?と感じました。実際の出来事を冷静に見るとこんな結果になる?なんかズレてないか?
私の直観ですが「問題の大部分は本人ではないのでは?」です。
中田さん最近は穏やかに活動されてるので減りましたが、最盛期はいわゆる信者の方が溢れてました。無鉄砲に信仰している中田さんへの批判に嚙みつく様子をよく見かけたんですよね。
それこそ学術的な良い指摘にも「せっかく取り上げてもらったのになんだその言い方は!」みたいな。より良い学びを与えてくれる外部からの指摘にも盲信的な人が最低な噛みつき方をする、よく見かけました。
端的に言うと「その人の印象を作るのって本人ではなくファンなのでは?」です。ほぼ全員がSNSを活用して発信できる時代です。本人の発信より、ファンの発信の方が圧倒的な量になります。
つまりある程度有名になってしまうと、本人直接ではなくて、その人を語る人によって世間には理解されてしまうのでは?と感じてます。
言いすぎでしょうか?
旧ジャニーズに所属していた人は本人よりも事務所やファンの印象で語られていませんか?政治家本人が議会で何を言っているかは知らないけどインスタントな報道やうるさい活動家の発信でその人の印象が作られていませんか?お店の発信よりも口コミを信用していませんか?
SNSの登場によってこれまでより強く、本人から離れたキャラクターが形作られているのかなと感じています。主体が本人の手から離れてしまっています。その人よりも周囲の語りによって定義される。
感覚としてはすこし嫌だなと思います。今はまだしも、もし私が有名になったら私自身ではない私が作られてしまう。だけど実際私1人よりも、私について周囲の語りの方がどう考えても情報量が多いから仕方ないです。抗えない。
なので私は今の活動姿勢が一番だなと思います。ローペースでもぽんぽん丸ジャンキーを自称するみなさんにはこれでもかと語りかけようと思います。みなさんが私のキャラクターを良い感じに語ってください。任せました。
がんばってみなさんのこと良いファンにしますね。またとうぜん同じくらいがんばってみなさんのことを正しく語ろうと思います。なのでいっぱい語り掛けてください。お任せください。妙な時代ですが、そうしてお互い正しい形でいましょう。