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おめえの席この時代には(まだ)ねえから! 帰んな! プレビュー

 絵はブラックヴァルキリー・カーラ。暑いわ9月だってのに。いい加減ベトナム戦争後に結ばれた環境改変技術敵対的使用禁止条約(ENMOD条約)守ってくれやあいつらめ。犯罪犯してるのが成層圏の天空だろうがこんなのバレバレだわ。近視眼的思考のアホじゃない限り。
 プレビュー↓


 ナルメルは、召使いの一人が持ってきた、ある種の香油が入った小さな土瓶に手を伸ばした。
「私の時代、この蓮とパピルスのブレンドオイルは王室専用だった」
 と彼は説明しながら、瓶の栓を抜いた。豊かでウッディな香りに、ほのかな花の香りが、たちまち蒸気の充満した部屋に広がった。
「いい?」
 サリサ=アドレット=ティーガーは手を差し出し、ナルメルは王族らしい威厳をもって土瓶を彼女に手渡した。
 サリサ=アドレット=ティーガーは好奇心を持って中身を嗅ぎ、その異色な瞳は感嘆のあまり大きく見開かれた。
「これはいいわね! 化学香料よりずっといいわ」
 パンクラチオンでの一方的な試合の後、傷ついたプライドを癒しつつも、トトメス3世は白虎がエジプト文化を心から理解している様子を興味深く観察した。
「やはり、あなたは私たちの神殿に描かれた神々のような方なのかもしれませんね」
 と彼は考え込んだ。
「ただ自分の意志を押し付けるのではなく、私たちの文明のより優れた要素を理解している」
 フィオラ=アマオカミのルビー色の瞳が思慮深く細められた。
「先ほどおっしゃった壁画……動物の頭を持つ神々が空から降臨するという話ですね。多くの古代文明で同様の記録を見てきました。もしかしたら、多くの歴史家が信じている以上に、あの話には真実が含まれているのかもしれません」
 クレオパトラ7世は近くに浮かんでいた。その存在感は幽玄でありながら、威厳に満ちていた。アンティキティラ島の装置によって正式に召喚されたわけではなかったが、時空連続体の大規模な混乱が彼女の魂をこの集いへと引き寄せたのだ。
「古代の人々は、後に忘れ去られる多くのことを知っていたのです」
 と彼女は静かに言った。
 その声には、何世紀にもわたる叡智が込められていた。
「あなた方の現代科学は、これらの真実のいくつかを今になってようやく再発見したのです」
 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒは驚いたように湯船に浸かりながら立ち止まった。
「クレオパトラ? いつ来たんだ? きみを呼んだ覚えはない。というかプトレマイオスから大分世代が進まないと君出てこないんだが……ひいひいひいひいひまごくらいじゃなかったっけ? トレミーくんから見て」
「呼んでいないわ」
 と彼女は謎めいた笑みを浮かべて答えた。
「でも、時間という織物に穴を開けると、予期せぬ客がやって来ることもあるのよ」
 湯船に浸かりながらアレクサンドロスの印章を静かに見つめていたエウメネスは、エジプト女王の姿を見て、その貴重な宝物を落としそうになった。
 学者の頭は、既に不可能なこの集まりに、わくわくでいっぱいだった。
「これは手に負えなくなってきたわね」
「う~ん……」
 とフィオラ=アマオカミは水鏡冬華に囁いた。
 彼女の竜の尻尾は水中で神経質に揺れていた。
「最初はナルメルとトトメス3世、次はクレオパトラ? 次は誰? ジュリアス・シーザー?」
 まるで合図があったかのように、浴槽の中央の水が奇妙な波紋を起こし、小さな渦を巻きながら、刻一刻と大きくなっていった。
「ああ、大変」
 フィオラ=アマオカミはうめいた。
「…………何も言うべきじゃなかったわ」
 フィオラがお風呂に入りながら絶望した。


(中略)


「ジュリアス・シーザーだ! 借金うめー男! 1300タラント、720億円借金した男! ローマの国家予算の10%の「借金」をカエサルひとりで抱えていた男!
カエサルが、「わざと」借金する天才! で、カエサルは潰れてもらったら(借金返してもらえなくなるから)困るってほうぼうから協力を取り付けた男!
 あとハゲ! 歴史書にもハゲ! って書かれてる!
 この借金を返すにはオレが出世するしかない借金取りのバックアップでトップに上り詰めたんだよね。カエサル。
 金の切れ目が縁の切れ目なら、わざと借金していつまでも縁を保てばよいではないかってやった男!」
 桜雪さゆが興奮した声を上げた。彼女の予想は的中した。
「1300タラント……個人でその額を借金…………?」
 湯船につかりながらエウメネスがうめく。色々頭の中で計算しているようだ。
 ハゲが、ローマの将軍にして独裁官、ジュリアス・シーザーが、月桂樹の冠を被り、古代ローマの貴族の装いで浴槽の中央に立っていた。彼の目は一瞬クレオパトラを捉えると、驚きの表情を浮かべた。
「クレオパトラ?」
 彼の声は驚きと喜びが入り混じっていた。
「これはどういうことだ?」
 彼女は優雅に微笑み、
「カエサル、時空を超えて会えるとは思いませんでした」
 と答えた。
 エウメネスはアレクサンドロスの印章を握りしめたまま、唖然としていた。歴史の中の伝説的な恋人たちが目の前で再会するという驚くべき光景に。
「あ~あ、始まった」
 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒは湯船の中でため息をついた。「呼んでないのにどんどん来るなぁ。ポンコツだな、アンティキティラの機械は! 神魔召喚ぼろぼろやんけ! 次はクレオパトラの息子でアレクサンドロスの息子を名乗るカエサリオンとか?」


(中略)


「言ったろ、フィオラ。ってあの時フィオラは合流してなかったか。サリサも合流前だったっけ。エウメネスは聞いたよな? クラテロス戦前に。
 『今考えている事の反対が正解だ。でも本当にそうかな』って、わたし言ったよね?
 つまり、言霊を禁止するんじゃなく、敢えて使ってみる。
 ナルメル ホル・アハ ジェル ジェト デン アネジイブ セメルケト カア ヘテプセケムイ ラネブ ニネチェル セネド セケムイブ ホルス サナクト ネチェルケト セケムケト カーバー フニ スネフェル クフ ジェドエフラー カフラー バウエフラー メンカウラー シェプセスカフ ウセルカフ サフラー ネフェルイルカラー シェプセスカラー ネフェルエフラー ニウセルラー メンカウホル ジェドカラー ウナス テティ ウセルカラー ペピ1世 メルエンラー1世 ペピ2世 メルエンラー2世 ネチェルカラー。
 もうわかんねえーわ。ごめんトトメス3世くんまで行けなかった!」
 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒがトトメス3世にお風呂に浸かりながら謝る。


 浴場の湯気がより濃くなり、シーザーの突然の出現で既に混乱していた空間が、今度はミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒの謎めいた呪文のような発言でさらに緊張した雰囲気に包まれた。彼が古代エジプトの歴代ファラオの名前を次々と唱える様子に、浴場内の全員が息を呑んだ。
 水鏡冬華は手に持っていた香油の瓶を急いで閉じ、警戒の目でミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒを見つめた。
 古代の秘術に詳しい彼女には、この行為の危うさが痛いほど理解できた。
 古代の名を連ねることは、単なる言葉遊びではなく、時空の壁に新たな亀裂を生む可能性がある。特にこの異常な状況下では。
「ミハエル! 何やってんの!?」
 裸の水鏡冬華(お風呂場だから当たり前である)の声は静かでありながらも、その中に緊急性が込められていた。
 彼女の心は激しく動揺している。この無謀な行為が、さらなる歴史的存在を呼び寄せるのではないかという恐れが彼女の胸を締め付けていた。
 フィオラ=アマオカミはルビー色の瞳を見開き、黒竜の尾が水面を叩いた。
「まさか本当に……」
 彼女の声は震えていた。言霊を禁じるのではなく使うという発想自体が彼女の予想を超えていた。
 今、目の前で次々と古代エジプトの王たちの名が唱えられていく。その一人一人が実体化する可能性を思うと、彼女の胸は恐怖で満たされた。これほどの力の集中は、時空そのものを破壊しかねない。
 トトメス3世は驚きと畏敬の混じった表情でミハエルを見つめていた。彼の顔から血の気が引いていく。あの長い名前の列挙は、彼の先祖たち、エジプト王朝の礎を築いた神聖なファラオたちだった。それらが今、この異国の者の口から次々と発せられている。
「それらの名は……」
 彼は喘ぐように言った。
「古の王たちの魂を揺り動かす力を持つ」
「ミハエル、お前は何を企んでいる?」
 クレオパトラは静かに、しかし鋭く尋ねた。彼女の目には不安と好奇心が入り混じっていた。彼女はエジプト最後の女王として、先祖代々の名前の持つ力を理解していた。
 エウメネスはアレクサンドロスの印章を握りしめ、状況を理解しようと必死だった。彼の頭の中では、歴史書で読んだエジプトの各王朝の記録が次々と思い浮かび、ミハエルが唱えている名前との照合を試みていた。しかし彼の知識でさえ、古代エジプト創成期の王たちについては限られていた。
「消えた!」
 サリサ=アドレット=ティーガーが突然声を上げた。彼女の金銀妖艶の瞳が、浴場の中央に現れていた渦を指さしていた。確かに、あの奇妙な水の渦は徐々に小さくなり、やがて完全に消失していた。
「理解したぞ」
 ナルメルが静かに言った。彼の姿はより実体的に、より確かなものになっているようだった。

2件のコメント

  • すみませんヴァルキリーさん。
    お風呂中でしたね…………

  • ありがとうございますー。
    暑い日はお風呂に何度も入りたくなるご様子。水風呂に。
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