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本当のディアドコイ

絵は紀元前4世紀のアレクサンダー大王の懐刀エウメネス。アレクサンダーの前代のフィリッポス2世の懐刀でもある。

本当のディアドコイ(エウメネスのテーマソング)
https://youtu.be/eRebqjScmfI


それはそれとして。
アスタルロサ編 30パンチ事件 プレビュー↓ 来年1月中旬更新予定(ていうか更新予約セット済)



「お前らがこんなだから! みんな、みんな死んでしまうんだ!!」

 クリスの最後の絶叫を合図に、三人の男たちは、誇りも、理性も、騎士としての矜持もすべて投げ捨て、ただ互いの憎悪と絶望をぶつけ合う、泥沼の殴り合いへと堕ちていった。
 後に「30パンチ事件」とアスタルロサの歴史に汚点として刻まれる、醜悪な内輪揉めの始まりだった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 アスタルロサ王城の玉座の間は、バトルドール基地とはまた違う種類の、冷たい絶望に支配されていた。
「陛下! ジム隊長とドウェイン隊長が、格納庫でクリス=アメージと……殴り合いを……」
 報告する伝令兵の声は、恐怖に上ずっている。玉座に座るアイザック=ヴィ=アスタルロサ王は、その報告を聞いても、もはや何の反応も示せなかった。彼の視線は、虚空の一点を彷徨っている。
「……終わった……。すべて、終わった……」
 王笏はとうに手から滑り落ち、カーペットの上を虚しく転がっている。彼の野望、帝国の未来、そのすべてが、たった数分の間に宇宙の塵となった。その事実を受け止めきれず、彼の精神は現実から逃避していた。
 ヴァーレンスを討ち、カイアスをも凌ぐ覇王となる夢は、あまりにも脆く、そして惨めに砕け散った。
「退却だ……」
 王は亡霊のようにつぶやいた。
「もう……どうでもいい……」


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 その醜態の一部始終を、一人のエルフの忍者が、木の葉のように気配を消して盗み見ていた。青い忍び装束に身を包んだレティチュ=ド=エーロは、アスタルロサ基地の混乱を魔導端末に記録し、即座にヴァーレンスの公爵邸へと転送した。

「……ミハエル様、こちらレティチュ……。アスタルロサ、内部から崩壊を始めたようです」
 ヴァーレンスの公爵邸、ミハエルの書斎に設置された巨大な魔導モニターに、レティチュが送ってきた映像が映し出される。
 泥と血とオイルにまみれて殴り合う三人のアスタルロサ軍幹部の姿。それは滑稽であると同時に、ひどく哀れな光景だった。
「……ふん。獣が牙を剝き出しにしているだけね。見る価値もないわ」
 水鏡冬華は冷たくそう吐き捨てると、モニターから視線を外し、自室へと戻っていった。
「これが……人間の戦争の、成れの果て……」
 東雲波澄が静かに目を伏せる。彼女はただ、無益な争いの連鎖に心を痛めているようだった。
「ひどい……仲間同士で、どうして……」
 天馬蒼依が、信じられないといった表情で画面を食い入るように見つめている。隣でガートルードが青ざめ、アンとユーナは言葉もなく顔を見合わせるだけだった。
 騎士団の詰め所では、クロード=ガンヴァレンが、苦々しげに顔を歪ませた。
「敵の自滅か……。だが、笑えんな。僕たちも、一歩間違えればこうなっていたかもしれない」
「……ミハエル団長は、こうなることまで予測して……?」
 サミュエル=ローズが畏怖の念を込めて呟く。ミレーヌは厳しい表情のまま、小さく頷いた。
「あの人の恐ろしさは、戦力だけではないわ。人の心の脆さを、誰よりも知っていることよ」
「ミハエル様……」
 空夢風音は、モニターに映るミハエルの静かな横顔を見つめ、その胸の内で、彼への憧れと、彼が歩む道の過酷さを想い、きゅっと唇を噛みしめた。

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