絵はミハエルとフレッドのノリについていけてない空夢風音。
まあミハエルの世界に来る前はねーパラレルの地球の京都のイイことの生まれのお嬢様だからねー。ぶっ飛んだノリについていけなくても無理はない。
プレビュー
やろうと思えば、十個でも二十個でもボールを拾い集め、一人に集中砲火を浴びせることが可能な、悪意に満ちた鬼畜仕様のフィールドだった。
「これ、ロケランレイプできるの?」
ミハエルは無邪気な子供のような顔で、しかし極めて不穏な言葉を口にした。
その瞳は、コートに転がるボールの群れを、まるで新しいおもちゃの兵隊を見つけたかのようにキラキラと輝かせながら見つめている。
「いいねぇ、ミハさん。しかも、あそこの観客席、地球のリーマンがNPCで配置されてんだよな!
日常に疲れた地球人のリーマンとOL殺しにいこうぜ~。救いもとめてるんだからさ、『学生時代は幸せだったなぁ、わたしの地球でのこのつらい重税の奴隷みたいな日々はいつ終わるの!』ってな」
フレデリックが悪魔のように囁きながら、観客席を親指で指し示した。そこには、生気のない顔をしたスーツ姿の男女が、虚ろな目でコートを眺めている。
「NPCの中でゾンビが一番大人しいよ。こっちが何もしなければ、何もしてこないからね。でも、リーマンとOLは何もしなくてもこっちに蹴り入れてくる。『太陽系以外の人間種族は奴隷的扱い受けてないの羨ましい』って言いながら、OLまで蹴り入れてくるんだ」
アリウスが、まるでフィールドガイドのように冷静な解説を加えた。彼の顔には、先ほどのカフェ崩壊の悲劇を乗り越えた、ある種の諦観が浮かんでいる。
「今日ドッヂボールしないの?」
ボールを一つ拾い上げ、器用に指先で回転させているフレデリックの姿を確認してから、ミハエルはわざとらしくそう問いかけた。
「ドッヂボールしてんだろ!」
フレデリックのツッコミが、お約束のようにコートに響き渡る。彼はその勢いのまま、手にしたボールを力任せにぶん投げた。しかし、そのボールが向かった先は敵陣ではなかった。
「総入れ歯安定剤と思わせて、『そう言えばあんた誰?』……この洒落、結構よくない?」
フレデリックは得意げにそう言い放ちながら、ボールを味方であるはずのサミュエル=ローズの後頭部に背後から叩きつけたのだ。完全に無警戒だったサミュエルは
「はあ!? なに!? なんでええええ!?」
という悲鳴と共に、VR空間の重力法則を無視して二階席の高さまで綺麗に吹っ飛んでいった。
「開始直後から仲間割れしてるよ、冬華師匠見てあれ!」
天馬蒼依がツボる。水鏡冬華は、
「頭病めそう…………」
と愚痴っている。ギャグ空間は苦手な彼女なのだ。
その狂乱の幕開けを、対するチームは冷ややかに、あるいは興奮気味に眺めていた。
ミハエル、フレデリック、アリウス、クロード、サミュエル、そしてカーラ。
そこにアウトになった選手のエリア内で腕を組み、面白そうに口角を上げているヴァーレンス国王オーヴァン=フォン=ヴァーレンスが加わった、まさに混沌の象徴のようなチームだ。一方、女性陣で固められたチームは、その光景に様々な反応を示していた。
「また始まったわね、あのアホたちの悪ふざけ……」
水鏡冬華はこめかみを抑えながら深いため息をつく。
「うふふ、面白くなりそうじゃない! やっちゃえやっちゃえ!」
桜雪さゆは十二単の袖を揺らしながら、楽しそうに手を叩いている。
「ひ、ひどい……味方に投げるなんて……!」
ガートルード=キャボットが青ざめた顔で呟く横で、アン=ローレンは
「なるほど、あれも戦術の一つか」
と真剣な顔で分析を始めていた。
「フィオラさん、あれはルール違反では?」
「ルールなんて、あの男たちの前ではあってないようなものでしょう。退屈する隙間さえねーわよ」
ローレンシアの問いに、フィオラ=アマオカミは大きな欠伸をしながら答えた。
「きゃあ! サミュエルさんが! でも……なんか、綺麗に飛んでた……?」
エレナ=オブ=メノーシェは悲鳴を上げつつも、その非現実的な光景に目を奪われている。彼女の純粋な反応に、レティチュは
「あれぞまさしく『味方討ちの術・改』……!」
と忍者手帳に何かを書き込んでいた。
「うわー……えげつない……」
ユーナ=ショーペンハウアーがドン引きした声を出す。
「あの……ミレーヌさん、これ、どう戦えば……?」
空夢風音がおずおずと尋ねると、ミレーヌ=ローゼンベルグは静かに剣の柄を握りしめ、答えた。
「あのアホどもに定石は通用しない。こちらも、好きにやらせてもらうわ」
その殺伐としながらもどこか楽しげな空気を切り裂いたのは、オーヴァン王の野太い声だった。
「うぉらあっ!」
彼の腕が、常人には視認できないほどの速さで振り抜かれる。放たれたボールは、彼の筋肉そのものが塊になったかのように、禍々しいオーラを纏って一直線に敵陣へと突き進んだ。
その軌道上にいたのは、一番張り切っていた天馬蒼依だった。
ズンッ! 誰もが蒼依の消滅を確信した。
しかし、彼女はオーヴァンの「筋肉球」を、気合い入った顔で両手でがっしりと受け止めていたのだ。
衝撃で彼女の足元の床が蜘蛛の巣状にひび割れた(ように見えた)が、彼女自身は一歩も引いていない。
「へぇ、やるじゃん、筋肉ダルマ」
蒼依は王に敬意をはらわないで不敵な笑みを浮かべ、受け止めたボールを指先でくるりと回して見せた。
その姿に、オーヴァンは驚きよりも歓喜の表情を浮かべる。
「はっはっは! 面白い! そっちの小娘も、なかなか骨がありそうだ!」
男たちの狂気と、女たちの闘志が入り乱れる。VRドッジボールのコートは、今、まさに地獄の釜の蓋が開いたかのような様相を呈していた。
コートの狂騒が最高潮に達した、その時だった。
まるで舞台の幕が上がるかのように、何もない空間から、突如として一人の少女が光の粒子と共に現れた。胸元が大きく開き、風が吹くたびに危うげに揺れるミニスカートを穿いた、絵に描いたような「可愛い女の子」だ。彼女は涙をきらきらと輝かせながら、その潤んだ瞳でミハエルとフレデリックをまっすぐに見つめた。
「やめてください! 争いはもうやめてください!」
か細く、しかし必死な声がコートに響き渡る。
「もっと仲良く、平和な方法があるはずです! 話し合えば、きっとわかり合えます!」
そのあまりにも陳腐なセリフと、場違いなまでの健気さに、ミハエルとフレッドは一瞬動きを止めた。そして、まるで示し合わせたかのように、心底つまらなそうな、虫けらでも見るかのような冷たい視線を彼女に向けた。
ミハエルはゆっくりと彼女に歩み寄ると、その華奢な体を、まるでコートに転がるボールの一つを拾い上げるかのように、なんの躊躇もなく片手でひょいと持ち上げた。VR空間だからこそ可能な、物理法則を無視した挙動。しかし、その光景はあまりにも異様だった。
「べ、べつに嬉しくなんてないんだからねっ!」
ミハエルの肩に担ぎ上げられながら、女NPCはなぜか顔を真っ赤にして、ツンデレめいたセリフを吐いた。
「頭バグったのか、その女NPC」
フレデリックが、憐れみのかけらもない、容赦のないツッコミを入れる。その言葉が合図だった。
