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トトメス3世くんとナルメルくんと混浴 のプレビュー

絵は適当に水着で古代エジプトで入浴中のブラックヴァルキリー・カーラ。



 パンクラチオン戦が行われていた中庭に、予期せぬ入浴計画の発表が波紋を呼んだ。
「一緒に入浴??」
 プトレマイオスは信じられない思いで目を見開き、ワイングラスは口元で凍りついた。文化的な意味合いは計り知れない。異なる時代のファラオたちと混浴するなど、王室の作法書には書かれていない。
 トトメス3世は防御姿勢を緩め、戦闘の緊張は混乱へと変わった。数千年もの隔たりがあったにもかかわらず、彼とナルメルは互いに当惑した視線を交わした。
 古代エジプトにおいて、入浴は神聖な儀式であり、しばしば召使いが香油と専用の道具を用いて行っていた。異界の存在たちと気軽に集団で行うような行為ではなかったのだ。
「これはあなたの国における何らかの浄化の儀式ですか?」
 ナルメルは、上エジプトの白い王冠が夕日の最後の光を捉えながら、落ち着いた威厳をもって尋ねた。彼の質問には、宗教的な体験として儀式的な入浴に慣れた男の重みが込められていた。
「いや。わたしこんななりだけど中身日本人と言っていいくらいだからさ。母が日本の竜神だから。日本的ノリでそういっただけで、儀式的意味合いはないぞ。
 ダメ? 入浴? でもパンクラチオンしてお風呂入らないって、汗気持ち悪くない?」
 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒは先程の怒りはどこへやら、たじたじとした態度でナルメルにそう答える。
 フィオラ=アマオカミはルビー色の瞳を大げさに回し、まるで頭全体がその動きを追っているかのようだった。
「毎回……毎回……毎回」
 と彼女は呟き、苛立ちに尻尾を振った。
「一度だけでいいから、普通の計画会議を……こんなことにならずに……できない?」
 サリサは特大の手袋を外しながら、虹彩色の瞳を楽しそうに輝かせた。
「この運動の後は、確かにお風呂に入りたいわね」
 と彼女はしなやかな体を伸ばしながら呟いた。


(中略)


「確かに清潔さは議論の質を高める」
 ナルメルとトトメス3世は互いに視線を交わした。二人のファラオの間には千六百年もの時が流れているが、共通する王の威厳が無言の対話を可能にしていた。
「我々の時代の沐浴は単なる清めではなく、来世への準備でもある」
 ナルメルがゆっくりと説明した。
「しかし、外国の習慣に触れることも王の務め。アメンティの審判を受ける前に、この異国の風習を経験するのも悪くはあるまい」
 トトメス3世は考え込むような表情を浮かべ、先ほどのパンクラチオンで痛めた肩をさすった。
「実際のところ、この身体は汗で不快だ。東方の入浴法なら、戦士の疲れを癒すかもしれぬ」


(中略)


「エジプトって、美容室と風呂屋は近い場所にあるんじゃなかった? ヘロドトスがそんなこと書いてなかった?」
 プトレマイオスは驚いた表情でサリサを見た。
「あなたはヘロドトスを読んだことがあるのか?」
「ホワイトライガーだからって無教養だと思った?」
 サリサは異色の瞳を輝かせた。
「勉強する時間は作り出してるのよ」
 フィオラの尻尾が苛立たしげに床を叩いた。
「文化交流も結構だけど、アンティゴノスの動向、エウメネスの死体偽装計画、そしてアレクサンドロスの印章の使い道についての会議は?」
 水鏡冬華は静かに頷いた。
「確かに。しかし、共に入浴することで心理的な壁が取り払われ、率直な議論が可能になることも」
「まあいいだろう」
 クラテロスが笑った。
「マケドニア軍も戦前の沐浴で士気を高めたものだ。それに、この神々や異形の者たちと同じ湯につかれば、好むと好まざるとにかかわらず、我々は運命を共にする覚悟が決まるというものだ」


(中略)


 というわけで、男女混浴である。
 女勢は意外とどうどうと自分の裸を見せている。
 水鏡冬華はじめ、裸で平気なのはフィオラ=アマオカミ、サリサ=アドレット=ティーガーと強さに自信のあるものばかりだ。
 裸で男を引きつけてしまっても自分の力で男に勝てるという自信があれば、女はこうなる。
「冬華さん、なんであそこまで自信ありげに裸みせつけてんの。一番美人なんだから、一番気をつけなきゃいけないでしょうに……」
 と天馬蒼依がつぶやく。
「…………」
 空夢風音は恥ずかしそうに入浴している。
 一方、天馬蒼依、ユーナ=ショーペンハウアー、ガートルード=キャボット、アン=ローレン、空夢風音も、タオルをつけておどおどと入浴している。
 クロード=ガンヴァレンもサミュエル=ローズも一緒に入っているが、どこか恥ずかしがっている。
 オリュンピアスは堂々としている。
 クラテロスは悠々と入っている。
 エウメネスは気楽に入っている。
 カッサンドロスはおどおどしている。
 プトレマイオスもおどおどしている。
 カッサンドロスとプトレマイオスの両隣りにトトメス3世、ナルメルが入っている。
 桜雪さゆはもーわからん感じだ。
「で、古代エジプトでのシャンプーやリンス、ボディソープって何?」
 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒは、重曹で体を洗いつつナルメルに尋ねる。
「化学シャンプーなんてダメなものは使ってないよね。ナルメルくん。地球の悪い習慣なのよー21世紀の化学シャンプー。
 海汚れるって言っても聞かないし。
 合成界面活性剤やシリコン、マイクロプラスチックが海洋汚染の原因。これらは分解されにくく海の生態系にも害だし、特にサンゴ礁全滅するって言っても21世紀の人間は聞かねーしな。
 寿司食べてんだろてめー、みそ汁も汚れるぞ! って言っても聞かない。
 『じゃあどうすりゃいいんだ! 頭洗わずにいろって言うのか』
 って逆切れだ。
 頭の悪い奴とは会話できねーからいやだ。
 頭皮も化学物質でいためる。自分の髪将来捨てたいのか、ハゲ女になるぜ。企業はいや、医者も徐々に蝕む毒殺手法での悪には鈍感なのさ。ヒ素で徐々に殺す手法とか古代でも大人気だろ。一目でわかる毒殺には敏感だけどな、っていってようやく少し考えだす」
「お前たちは何で洗っているのだ」
 ナルメルがミハエルに問う。
「これ。ボディは重曹。食品グレードのやつで、頭は重曹でシャンプー(NaOH)、リンスはクエン酸水(C6H8O7)だ。
 ぬるま湯でな。38度。
 これで体すっきりで自然にも優しい。Naの通りただの塩だからな、マイクロプラスチックみたいに海を汚さない。
 値段も化学シャンプーよりずっと安い。
 しかも、女でも男でも脇。脇くせー奴いるだろ?
 あのわきくせーの重曹水を脇に塗れば治る。
 中学生の知識で問題解決できるのに悩んでるアホ。
 中学生の知識でひとりひとりが海を汚さない工夫できるのに誰もやってねー紀元後の地球人のアホ!

 まあ、これが広まれば化学シャンプー全部軒並み売れなくなるから企業は宣伝しないわなぁ。日本なんてクエン酸に殺意燃やしてた医師会長いたしなぁ。

 それに『いい事しても誰も褒めてくれる人いないからし甲斐がない』わなぁ。はははっ! クソが。いっぺん死ね。

 無添加石けん(微生物に分解されるので川や海を汚さない)や重曹が沢山の洗剤にとって変わるのに気づかない社会の歯車奴隷ども。

 お前が消費の歯車に乗って、お金に時間を吸い取られている事に気づけよ。

 野草から化粧品やお茶を作ったり、庭で野菜を育てたり。消費の歯車から抜けたら心地いいのに。

 21世紀の日本人は最悪。中学生の知識で海を汚染から守れるのに誰もそうしようとしないレールに乗りたがりのアホロボット人間だらけ。何のために学校行ってるんだか。活用する気ないんなら学校なんて行くなや。ボケが。
 エウメネスくんならわかるよなぁこの話?」
「え? なに?」
 エウメネスが答える。
「エウメネスくんなんて社会的にはカルディアの小卒だぞ!
 小卒!
 小卒でマケドニア貴族でもこなせないビンビンの仕事っぷりをした書記官で、王の右腕の仕事こなしてた逸材だぞ。アレクサンダー時代の前のフィリッポス2世時代から。
 『できる男は資格なんていらない』のさ! エウメネスが証明してる、な! エウメネスくん!」
「あ、はは……」
 エウメネスは笑う。遠慮がちに。
「ミエザ(マケドニア士官候補生の学校とも言える)ね。むしろエウメネスはミエザに行かなかったから、マケドニア貴族たちから評判悪かったといえる。派閥に入るどころじゃなく、いきなりフィリッポス2世の直属の部下みたいな扱いだから、マケドニア貴族には面白くない男だ。
 マケドニア貴族のフィロータスなんかは嫉妬に狂った。
 あいついきなり……マケドニア人じゃない、外国人なのに……ポット出がぁ! くそおあああああああ! って感じで)ミエザいかずにフィリッポス王に見初められてマケドニア王の後ろにつく書記官にいきなり就職だからな!」
「……………………」
 ぱしゃんぱしゃんぱしゃんぱしゃん。
 そんなミハエルやエウメネス、トトメス3世やナルメルの『ど真ん中』を突っ切る裸の銀髪の女、黒い羽の生えた女がひとり。
「カーラじゃん。ブラックヴァルキリー・カーラ。お尻大きいねキミ」
「ああ。やっと合流した。ミハエル。まずはわたしも風呂だ。尻見るなスケベ」
 ミハエルがカーラの裸体を見ながら呟く。そりゃそうだ。お風呂場(混浴)だから裸である。裸な水鏡冬華、サリサ=アドレット=ティーガー、フィオラ=アマオカミ以外で東雲波澄や空夢風音は恥ずかしそうにタオルをつけて入浴している。
「借りるぞ。重曹シャンプーにクエン酸リンス」
 ブラックヴァルキリー・カーラが近くのフィオラ=アマオカミに断る。
 そしてブラックヴァルキリー・カーラは自分の手のひらに乗せた銀髪の髪に重曹シャンプーをすり込んでいく。
「あぁ、はい。どうぞーってわたしの個人所有じゃないけど」
 フィオラ=アマオカミがそう答える。
 天馬蒼依、ユーナ=ショーペンハウアー、ガートルード=キャボット、アン=ローレンも、タオルをつけて入浴している。クロード=ガンヴァレンもサミュエル=ローズも男だがタオルつけている。
 だがブラックヴァルキリー・カーラは裸である。男らしい態度だ。
 ミハエルはブラックヴァルキリー・カーラの裸で目の保養をし、ナルメルとトトメス3世に話しかける。
「さてナルメルくん、トトメス3世くん、きみたちはお風呂のシャンプーどれほど自然にやさしい物を使っている? わたしに教えてくれ」


 蒸気が立ち込める大浴場で、ナルメルは黙考するように眉間にしわを寄せた。エジプト第一王朝の始祖にとって、この光景は実に奇妙だった。数千年後の混浴文化と自然派洗剤についての講義を真剣に聞くとは。
「我が時代では、王家は聖なるナイルの水と植物油、そして蜂蜜と香料を混ぜた泥で身を清めた」
 ナルメルがゆっくりと答えた。
「蜂蜜はいいね。天然の万能薬だ。食べてよし傷口に塗ってよし沁みるけど目薬として使ってもよしだからな」
 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒは、感心する。
「汚れと悪霊を同時に落とすためだ。海を汚す罪など犯さぬ」
 トトメス3世は頷き、
「わが王朝でも同様だ。ナトロン(天然ソーダ)と香油を使っていた。死者の防腐処理にも同じ物を」
 と説明した。
「お前たちの重曹と似ているかもしれぬ」
 フィオラはルビー色の瞳を輝かせ、
「ナトロンね。確かに重曹の原型と言えるわ」
 と優雅に湯船に身を沈めた。彼女の黒い竜の尾が水面をゆったりと這い、湯に心地よさそうな波紋を広げていた。
「ナトロンね~。Na2CO3 10H2Oだろ? あれいいよね。21世紀の人間より自然のことよく考えてる! えらい! エジプトのファラオ!」
 ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒは、ほめちぎる。
(小卒てアンタ…………)
 エウメネスは、「小卒」呼ばわりされた会話に少し困惑しながらも、急にブラックヴァルキリー・カーラが登場したことで注意が逸れ、安堵の表情を浮かべた。彼は黙って湯に身を任せ、眉間の疲れを溶かしていった。


(後略)

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