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8月は毎日更新する事にしました

テッサテロニケとお話編プレビュー



「お、生きてたー。テッサテロニケ生きてたー」
 桜雪さゆが首だけでテッサテロニケの部屋に現れる。
「あんたねー、従来の歴史ではアレクサンダーが死んだ後、海に身を投げて死んでね。ゴルゴン化するんだよ。
 船通せんぼして質問するの。
 わたしの兄アレクサンダーは生きて国を治めていますか?
 ってね。で、気に食わない答えした船を転覆させるの。今回はそうならないでね。怨霊化されても妖怪から見るとつまらんから。一緒に遊べないし」
 テッサロニケの表情が恐怖で凍りついた。彼女は窓辺から数歩後ずさりし、壁に背中をつけた。
 桜雪さゆの浮かぶ首だけでなく、母の突然の訪問も彼女には大きな衝撃だった。テッサロニケの呼吸は浅く、早くなり、指が小刻みに震えている。
「これは……悪夢なの?」
 彼女はかすれた声で言った。彼女の瞳には混乱と恐れが宿っていた。
「母上がここに……そして、この、この者は……」
 オリュンピアスは娘に一歩近づき、静かな声で言った。
「恐れることはない、テッサロニケ。これは妖怪の一種だ。危害を加えるものではない……少なくとも今のところは」
 彼女はさゆの首を一瞥した。その目には明らかな不信感が浮かんでいたが、今はそれよりも大事なことがある。
「テッサロニケ、わたしが来たのは理由がある」
 オリュンピアスは手を伸ばしたが、娘に触れることはなかった。
「……わが息子アレクサンドロスの遺産が危機に瀕している。カッサンドロスは全てを手に入れようとしている」
 テッサロニケは母の言葉を聞きながらも、さゆの浮遊する首から目を離せずにいた。彼女の喉から小さな悲鳴のような音が漏れた。
「妖怪……?」
 彼女は呟いた。
「これが街の変化の原因なの? 外では全てが……別の時代のようになっている」
「そうだとも~~」
 桜雪さゆの首が宙に浮かびながらくるくると回った。
「わたしの雪女の、火炎千本桜でね。時空燃やしちゃった。てへぺろ♪ 世界中で妖怪の仲間が遊んでるんだから」
 オリュンピアスは娘の肩に手を置いた。テッサロニケは母の触れる手に一瞬身を強ばらせたが、すぐに少し緊張が解けたようだった。
「街の変化についてはあとで説明しよう。今はもっと重要なことがある」
 オリュンピアスは静かに、しかし力強く言った。
「お前はカッサンドロスの妻として、彼の行動をある程度知っているはずだ。彼はアレクサンドロスの血統を絶やそうとしている」
 テッサロニケの目に涙が浮かんだ。彼女は言葉を発する前に一呼吸置き、心を落ち着かせようとした。
「母上……わたしは……」
 彼女は言いかけたが、突然銀色の杯を手に取った。それはテッサロニケの部屋にあったもので、彼女はそれを桜雪さゆの首に向かって投げつけた!


「ちょ、なに!? 暴力はんたーい! 痛いことやめてくださーい! わたし首だけで飛んでるんだよ~!
 せんせーいテッサテロニケちゃんが暴力働いてきますー注意してくださーい!
 こわいでーす。うえ~んうえ~ん。
 あとどうせ投げるのならワイン入れてね♪ 飲むから」
 浮遊する首がウソ泣きして騒ぐ。
「なに。胴体ないからこわいの? 今胴体カッサンドロスの舌の上でブレイクダンスさせてるっチューネン。ふう。呼び戻すかー」
 1分後。
 桜雪さゆの首なしで十二単を着た胴体と手と足が壁を物質透過してそれぞれ現れた。
「ブレイズオン桜雪さゆロボ!!
 (即興で作った歌)♪俺の氷は燃え上がる~~そして爆発するぜ~~ 正義に燃える俺の氷が~~ 勇者の心忘れるな~~」
 そして5体合体ロボよろしくガシィィィン! ガシィィィン! ガシィィィン! ドカァァァン! と桜雪さゆロボ(いや、ロボじゃなくて木花咲耶姫に仕える妖怪だけども)が合体を完了する。
 そして最後に首と胴体もくっつく。
「この桜雪さゆすごいよぉぉっ!! さすが男の天照が遺伝子編んでデザインした土人形(人類)のお姉さんっっ!!!」
 ものすごい高いテンションで叫ぶ桜雪さゆ。
 妖怪は人類のお姉さんである。

 正しい系譜は
 瀬織津姫(水の竜神。男の天照の正妻)
→草祖草野姫(妖怪の始祖)
→木花咲耶姫(水も扱える炎の女神)
 と親子続いてゆく。全員桜の因子が強い。かやのひめは天津日高日子波限建鵜草葺不合命の妹でもある。
 冥界からの侵略者を妖力で退治した際に、その魂が冥界に戻らずしつこく悪としてこびりつく場合がある。――それが悪の妖怪。
 魑魅(ちみ)、魍魎(もうりょう、方良(ほうりょう)――現代では鬼と呼ばれる)、ぬらりひょん、牛鬼、濡女、大獄丸、愛宕山太郎坊などがそれである(大獄丸は鈴鹿権現と呼ばれていた時の竜神 瀬織津姫に退治された)。
 変わって、善の妖怪は草祖草野姫(くさのおやかやのひめ)が産霊で生み出した赤ちゃんたち。つまり最上位クラスの神草野姫特製の神のタルパである。
 入道シリーズ、送り狼、ダイダラボッチ、座敷童子、太陽神天火明命にボコボコにシメられた後の手長足長、付喪神などなど。

 富士山太郎坊、鞍馬天狗を筆頭とする鳥神の一族(天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊と天津日高日子波限建鵜草葺不合命も同種族(天狗)だが、最高神として別格なので妖怪としては省く)の天狗、それと雪女はかやのひめが産霊(むすひ)で生んだわけではなく、特別な事情により神から妖怪にわざとランクを下げて呼ばれているので、天狗と雪女は呼び方が妖怪なだけで実力も誕生の仕方も神の領域。

 そして妖怪は体の損傷は問題にならない。
 妖力ですぐに自分で治せるからだ。
 『命に繋がるのは妖力が完璧に尽きるかどうか』だ。
 妖力さえあれば、五体バラバラでもそのまま不自由なく過ごせる。

 天津日高日子波限建鵜草葺不合命と天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊がDNAを編んで人類を創設した。
「結構バイオレンスでライオットなのね? テッサテロニケちゃん」
 テッサロニケはさゆの首と胴体が再びくっつく様子に青ざめた顔をさらに蒼白にする。彼女の手は震え、投げた杯が床に落ちて金属音を立てた。その音が静まり返った部屋に響き渡る。
「こ、これは現実なのか、それとも神々が私を試しているの……」
 テッサロニケの心臓が早鐘を打つ。眼前の光景はあまりにも常識を超えている。母の突然の来訪も驚きだったが、この妖怪の存在はそれ以上に彼女の世界観を揺るがす。
(こんな存在がこの世にいるなんて。これが母の言う「危機」と関係があるのだろうか?)
 オリュンピアスは娘の恐怖を見て一歩近づき、テッサロニケの肩に手を置いた。彼女の表情には珍しく優しさが浮かんでいる。
「恐れることはない、テッサロニケ。この者は確かに奇妙だが、今は敵ではない。おまえに会いに来たのは重要な話があるからだ」
 テッサロニケは母の手の温もりを感じ、少し落ち着きを取り戻した。
 しかし、その目には依然として警戒心が残っている。彼女はかつて母から教わった自制心を思い出し、深呼吸をした。
「母上……なぜこのような危険を冒してここに? カッサンドロスは母上を見つけたら……」
 オリュンピアスの目が鋭く光った。
「カッサンドロスは今、自分自身の問題で手一杯だ。あの妖怪がやつを混乱させている」
 桜雪さゆはクスクスと笑い、十二単の袖を口元に当てた。
「彼はすっごく不思議な踊りをしてたわよ。魔力吸われそうな。今頃は宮殿中の人が集まって『カッサンドロス様、大丈夫ですか?』って言ってるんじゃない?」
 テッサロニケは二人の会話を聞きながら、混乱した表情を浮かべている。彼女の視線がオリュンピアスとさゆの間を行き来する。
 テッサテロニケの頭の中では多くの疑問が渦巻いている。
(母は何の用で来たのか? この妖怪は何者なのか? そして外の世界が変わったのはなぜなのか?)
「母上……街の様子が変わったのは、この……妖怪のせい?」
 テッサロニケは恐る恐る桜雪さゆを指さした。彼女の指先がわずかに震えている。
オリュンピアスは頷き、静かに言った。
「そうだ。だが今はそれを気にする時ではない。テッサロニケ、おまえはカッサンドロスの妻として多くを知っているはず。彼はアレクサンドロスの血統を消し去ろうとしている」
 テッサロニケの瞳に深い悲しみが宿った。彼女は窓辺へと歩み寄り、変わり果てた街の風景を見つめる。かつてのペラの姿は消え、奇妙な高い建物や光る物体が並ぶ異世界と化していた。
「わたしにそのようなことを聞かないで、母上……」
 テッサロニケの声は小さく、悲しみを帯びている。
「カッサンドロスは……確かに野心的です。しかし、私が彼の計画に口を出すことはできません」
 オリュンピアスの表情が厳しくなる。
「あなたはアレクサンドロスの血を引く者だ。その責任から逃げることはできない」

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