桜雪さゆ大暴れ。いつも暴れてるけど。
と、そこに偶然カッサンドロスが護衛と共に通りかかった!
「なんなんだこの街の風景は! 魔界にでも落ちたか!? ハデスか!? ペルセポネーか!?」
どうやら大分気が動転しているようだ。天パで意気地がなさそうな顔だ。ぱっと見そんな大それたことができる顔ではない。エウメネスが負かしたクラテロスの男前な顔の方が、よほど英雄っぽい。桜雪さゆの1000兆度の炎で燃え尽きた父アンティパトロスとは似ていない。天パの髪を手でかきむしっている。まだこちらには気づいていない。
カッサンドロスの姿を見た瞬間、フィオラの赤い瞳がさらに鋭く光った。彼女は素早く低い姿勢を取り、他のメンバーにも隠れるよう手で合図を送る。
「急いで隠れて!」
フィオラは囁くように言った。彼女の尻尾が一瞬固まり、本能的な警戒心が表れている。この男はエウメネスの計画にとって最大の脅威だ。フィオラの頭の中では、迅速に対応策を考えていた。カッサンドロスに見つかれば、すべてが台無しになる。
一同は近くの路地の陰や建物の影に身を隠した。オリュンピアスは特に警戒しながら、息を殺して壁際に寄り添った。彼女の顔には憎悪と警戒心が浮かんでいた。
「あの男こそ、わが息子の遺産を奪おうとする張本人」
オリュンピアスは歯を食いしばりながら低く呟いた。彼女の腕には、無意識のうちに力が入っていた。
天馬蒼依は好奇心いっぱいの表情で、そっとフードを被って顔を隠した。彼女の心臓は早く鼓動していた。
初めて見るカッサンドロスの姿に、興奮と緊張が高まる。
(どんな人なのかな?)
水鏡冬華はため息をつくと同時に呪禁の印を結び、周囲に結界を張って一行の気配を隠した。油断はならない。彼女の眉間にはしわが寄っていた。ただでさえ複雑な状況なのに、さゆの行動でさらに混迷を極めそうだ。
ところが、全員が隠れる中、突如として桜雪さゆの姿が消えた。
「あれ? さゆちゃんは?」
ガートルードが小声で尋ねた。彼女の白いローブの袖が震えていた。
次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。桜雪さゆが小さくなって、カッサンドロスの口の中に飛び込んだのだ。
そして彼の舌の上で十二単を着たまま、奇妙なブレイクダンスを始めた。
「頭病めそう……」
水鏡冬華は思わず頭を抱えた。もう諦めの境地だった。さゆのことだから、こういう場面で最も突飛なことをするのは予想できたはずだった。
フィオラは目を見開いた。
「アホ女、何してんのよ!」
彼女は思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。彼女の尻尾が激しく左右に振れている。
天馬蒼依は目をキラキラさせて息を呑んだ。
「すごい……さゆちゃん、どうやってあんなことできるんだろう」
彼女の青い霊気が思わず漏れ出そうになり、慌てて抑え込んだ。
アン=ローレンとユーナ=ショーペンハウアーは互いに顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべた。計画はもはや想定外の方向へと進んでいた。
カッサンドロスは突然、口に何かが入り込んだような感覚に襲われた。
彼は咳き込みそうになり、顔を赤らめながら口を押さえた。
不思議な感覚に混乱している。
舌の上で何かが動いている。
そして、聞いたこともない言葉が自分の口から漏れ出す。
「ウゴクナ! ディオバスティオ……!」
護衛たちは困惑した表情で主君を見つめた。彼らの手は反射的に武器に伸びる。カッサンドロスが魔術にかかったのか、何らかの攻撃を受けたのか、判断できずにいた。
オリュンピアスは状況を見て、眉を上げた。
「あの妖怪、何をしているのだ……」
彼女の声には混乱と一抹の期待が含まれていた。敵が苦しむ姿を見るのは悪くない思いだ。
カッサンドロスは激しく頭を振り、何かを吐き出そうとしている。彼の目は混乱で大きく見開かれ、恐怖も浮かんでいる。何が起きているのか全く理解できない。
そしてカッサンドロスの舌の上でブレイクダンスのヘッドスピンをする桜雪さゆ。
「オマエハナンノタメニタタカッテンダヨ! トゥー! ヘアー!」
とヘッドスピンしながらカッサンドロスの舌の上で喚く。
カッサンドロスのこの状態はチャンスだ。街の変わりようもペルセポネーかハデスの影響だと思っている!
今ならテッサテロニケに会うのも楽かもしれない。
カッサンドロスは両手で頭を抱え、苦悶の表情を浮かべた。
彼の口からは意味不明な言葉が次々と漏れ出し、護衛たちは困惑して互いに顔を見合わせている。
「何が……何がぼくの身に起きている!?」
カッサンドロスが絶叫した。
「ハデスよ! これが新たなる試練か!?」
オリュンピアスは路地の陰から状況を冷静に観察していた。彼女の目に鋭い光が宿る。かつての王妃として、敵の窮地に喜びを感じずにはいられない。
「これは思わぬ好機だ……」
オリュンピアスは小声で呟いた。
「カッサンドロスが混乱している間に、テッサロニケに接触できるかもしれない」
水鏡冬華は困り果てた表情で桜雪さゆの行動を見守っていた。
桜雪さゆの予測不能な行動は、いつも彼女を頭痛に悩ませる。これでもし計画が失敗したらどうするのか。
(エウメネスの身の安全が最優先なのに、んな無茶をして……)
「これってまたすごいね!」
天馬蒼依の目が輝いていた。
「さゆちゃんって本当にすごいや! どうやってあんなことができるの?」
フィオラ=アマオカミは尻尾を神経質そうに左右に振りながら状況を分析していた。彼女の赤い瞳には焦りの色が浮かんでいる。さゆの行動は確かにカッサンドロスの注意を完全に奪っているが、それが計画にどう影響するかは予測できない。
「アホ女……」
フィオラは歯を食いしばって呟いた。
「計画を台無しにしなければいいけど……」
カッサンドロスの護衛たちは主の異常な行動に戸惑いながらも、彼を取り囲み守ろうとしていた。一人が恐る恐る近づき、
「陛下、お加減はいかがですか?」
だがカッサンドロスは応えず、妙な動きで体をくねらせ始めた。桜雪さゆの舌上のダンスが彼の体全体に影響しているかのようだ。彼はアカデメイアで学んだ古い呪文を口走り始めたが、それも途中で
「モアイ!! オレダッテトゥッチンサレタラクヤシイ!」
という奇妙な言葉に変わってしまう。
(中略)
「ハッ……アッハッ……アッハッハッハ!! ナスだぁ。ウニナンダヨ! ウオオオオオオオ!! オオオオ!」
彼の笑い声は不自然で、いきなりナスを主張し始め、ウニを主張し始めた。そして暴れ始める。そこらへんにある21世紀の一斗缶を滅茶苦茶に蹴り始めるカッサンドロス。一斗缶はへこむ。
「くっはっはっはっは……面白! 操作系能力にのりやすーい、この根性なさそうな顔つきした天パ!」
桜雪さゆがカッサンドロスの舌の上でブレイクダンスしながら面白がる。
舌上の桜雪さゆの操作によるものだった。カッサンドロスはくるくると回転し始め、護衛たちは完全に混乱していた。
