このエーゲ海の場面の後で出てくる天馬蒼依。
桜雪さゆの妖力の余波であっけなく蒸発した海は、光の半分竜神のウガヤの神通力により元の海に戻っていた。
プトレマイオスがエジプトから船団を出す。ミハエル達も行動開始までは霊波動を使わず船に乗っている。
目指すは、21世紀の北マケドニアと化した王都ペラ。一方フィオラ=アマオカミはアンティゴノスの所にいた。
地中海の波が穏やかに揺れる朝、プトレマイオスの船団はエジプトの港を出航した。
エジプトの王の命令によって整えられた船は、整然と隊列を組み、海を北へと向かっていく。
船の甲板には多くの兵士たちが集まり、これから向かう未知の地への緊張と興奮が入り混じる空気が漂っていた。
プトレマイオスは旗艦の船首に立ち、水平線を見つめていた。
わずか数日前まで地中海は蒸発していたというのに、今は何事もなかったかのように青く広がっている。神の力というものは恐ろしいものだと改めて実感していた。
(もしかして、大洪水も……)
天津日高日子波限建鵜草葺不合命(ウガヤ)という神の存在を知ったことで、彼の世界観は完全に覆されてしまった。
「本当に北マケドニアが21世紀に変わったのだろうか……」
プトレマイオスは小声でつぶやいた。
「間違いないよトレミーくん」
ミハエルが彼の横に立ち、静かに答えた。
「今も船の甲板で、自分の頭でバレーボールしている、さゆの火炎千本桜は時間そのものを燃やす。君の知るペラの町は、今では遥か未来の姿となっている」
プトレマイオスの船から少し離れた別の船では、オリュンピアスが甲板の上で静かに座り、目を閉じていた。
彼女は息子アレクサンドロスの遺産を守るため、そして自分の復権のために、この旅の成功が絶対に必要だった。テッサロニケとの接触、そしてカッサンドロスへの反撃—―すべてが彼女の計画の一部である。
「テッサロニケは必ず協力してくれるはずだ」
彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。
「彼女の心には、まだマケドニアの血への忠誠が残っているはずだ」
同じ船の別の場所では、首がない桜雪さゆが船の手すりに寄りかかり、海を眺めていた。落としたのだ。頭を。海に。
落とした頭は水に触れると超増殖し始めた。数千兆個の桜雪さゆの頭が海に浮かんでいる。その中に菊月明日香のちっちゃい方(ミハエルと彼女の産霊(むすひ)で生まれた子どもで霊力が生まれた時から親と同じくらいのスペック)、水鏡冬華のちっちゃい方(ミハエルと彼女の産霊(むすひ)で生まれた子どもで霊力が生まれた時から親と同じくらいのスペック)が面白がって混ざっていた。意味がないが。
海が桜雪さゆの頭で埋め尽くされる。こわい光景である。
十二単の袖が風にゆるやかに揺れる。冷たい朝の空気にも関わらず、彼女は少しも寒さを感じていないようだった。妖怪の体は人間とは違う。
「フィオラ、どんな顔をするかしら」
海の桜雪さゆの顔は笑みを浮かべた。
「きっと驚くわね。わたしが現れるなんて思ってもいないでしょうから」
エジプトの兵士が異様な光景にまず驚いていた。
「頭病めそう」
彼女の後ろでは、そう呟く水鏡冬華が半眼で静かに彼女を観察していた。冬華の表情には明らかな懸念が浮かんでいた。
「アホ女、本気でフィオラの計画を邪魔するつもりなのハゲ?」
水鏡冬華は慎重にバカにした。
「エウメネスさんの命がかかっているのよ」
桜雪さゆは振り返り(頭はないけど)、意地悪な笑みを浮かべた。
「わたしがどうするかは、その時のお楽しみ。でも面白くしてあげるわよ、それだけは約束する」
水鏡冬華はため息をついた。
桜雪さゆの気まぐれは予測不可能だ。もしフィオラ=アマオカミの計画を完全に台無しにされたら、エウメネスが無事に日本へ辿り着けなくなる可能性もある。
別の船では、エウメネスが空夢風音と共に、死亡偽装の準備を進めていた。空夢風音の千早が風にわずかに揺れ、神秘的な力を帯びているかのように見えた。
「これが本当に上手くいくといいんだけど」
エウメネスは不安そうに尋ねた。
「アンティゴノスは簡単には騙されない」
空夢風音は穏やかに微笑んだ。
「大丈夫です。フィオラさんの量子化と私の霊体分身が組み合わさることで、完璧な偽装ができます。アンティゴノスでさえ、疑うことはないでしょう」
エウメネスは窓の外に広がる海を見つめた。彼の目には決意の色が宿っていた。この計画が成功すれば、自分は永遠にディアドコイ戦争から解放されるのだ。日本という遠い国で、平和に暮らせる日が来るかもしれない。
「日本とはどんな国なのだろう」
エウメネスは静かに問いかけた。
風音は千早を胸に抱きながら答えた。
「多くの神々が共存し、四季折々の美しい自然に恵まれた国です。きっとエウメネスさんも気に入ると思いますよ」
空は次第に明るくなり、船団は北へと進み続けた。彼らの目の前には、誰も経験したことのない冒険が待ち受けていた。21世紀の北マケドニアと化した王都ペラ、そしてそこにいるフィオラとアンティゴノス。
一方、彼らが目指す北マケドニアのペラでは、フィオラ=アマオカミがアンティゴノスの宮殿にいた。彼女はアンティゴノスに気づかれないよう、影に隠れて様子を窺っていた。
北マケドニアのペラ、21世紀の姿に変貌した古代都市。
フィオラ=アマオカミは影の中に身を潜め、アンティゴノスの様子を注意深く観察していた。深紅のドレスを黒い影のような装いに変え、彼女は宮殿の柱の陰から動かずにいた。
アンティゴノスは明らかに混乱していた。
「フィオラはどこにいる! これを説明しろ!」
だがフィオラは出ていかない。
窓から見える風景は一夜にして変わり果て、かつての馴染みの風景は高層ビルやコンクリートの建物に置き換わっていた。街からは21世紀の人間と紀元前4世紀の人間が鉢合わせし、驚きの叫び声と混乱の音が絶えず聞こえてくる。
フィオラは心の中で計画を整理していた。エウメネスの死亡偽装は完璧でなければならない。アンティゴノスは賢く、疑い深い。わずかな矛盾でも見逃さない。量子化の能力を最大限に活用しなければ。
「これは一体どういうことだ!」
アンティゴノスが怒りを爆発させた。
「昨日までここにあった広場が消え、代わりにこのような異形の建物が立っている!これは敵の策略か? 何者かの魔術か?」
側近たちは答えられず、ただ頭を下げるばかりだった。誰もこの異常事態を説明できる者はいない。
