昨日より始まりました。
「八百比丘尼の語り部」ですが、冒頭に出てくる「私」なのですが、あれは実は私の曽祖母がモデルになっています。
今回はその辺調べてみた話を
この人は田辺らい 一緒に出てた泰子が私の祖母です。
京都にあった小谷という醤油蔵の娘で、若狭の材木問屋であった私の曽祖父に見染められて嫁に来たそうです。
歩いて山超えた、と言う話なのでおおよそ大正10年以前くらいの話のようです(この頃鉄道が通っていない)
この後、田辺の家は、借金の連帯保証人になってえらい目に遭い、赤貧に喘ぐ事になるのですが.
曽祖母、「楽させてやると騙された」と愚痴ってたそうですw
で、この人の母が、今も近くにある創業四百年の平八茶屋から嫁に来た、と言う話なんですが
どうもこの辺が怪しい
父は、体が悪く、しばらくこの小谷の家で世話になっていたそうですが、記憶があやふやではっきりしない。
醤油蔵はもうコンビニになってまして
実は、平八茶屋の女将にも話を聞いたのですが、父のテンションが上がりまくって支離滅裂だったのできょとんとしてましたw
六代くらい前の話だもんなぁ
どうも、平八茶屋の芸妓だったのは信憑性あるようで、平八茶屋は京都若狭ルートの休憩地だったので、まぁ出会いがあったのは間違いない
あと、平八茶屋と醤油蔵の距離が徒歩で行き来出来るくらいなので、まぁ、商売がら親密だった事は想像できます
父の話では鈴を鳴らして大量の女中を使うすごいパァさんがいたというので、これが清子モデルになっているのですが、覚えていたのが「八瀬の平八」と言う名前で、これは昭和三十年くらいに分家、暖簾分けした店である事がこの話を書いてから、その子孫の人に会って聞きましたw
どうもそこに行ってたんじゃないかなあ?
ちなみこれは、少し山の奥に入ったテーマパークの中にあった料亭で今はなく、小さな飲み屋になってます
なので、清子の存在はかなりフィクションなんですw
戸籍を辿ればもっとそれっぽい人を見つけられるかも知れませんでしたけど流石にそこまではやりませんでしたw
書き直すのも大変だしねw
あと、平八茶屋の話も用意してあったのですがこれもお蔵入りです。
調べてるほどこのお店、歴史があって記録残ってる。
適当な事できなくなっちゃったのよねw
その辺はもっと調べてからにしたいと思いますw