工藤栄子という人物を書くとき、
一番大切にしたのは「母である前に、一人の女性」ということでした。
工藤晃の母である栄子は、夫である健を撮影事故で失って以来、幼い晃を一人で育てます。 けれど、栄子をただの「苦労した母親」として描きたくはありませんでした。 栄子自身も俳優だったことから、晃には父親が撮影事故で亡くなったことを明かせませんでした。 栄子は映画という世界を変わらず好きなのです。その悲しい記憶を映画の中で晃とは共有したくなかったのでしょう。そして心のどこかに未練も抱えていたのだと思います。 けれど、父親の真実を隠すことは、栄子と晃の間に踏み込めない影を生み、 晃との親子の絆があやふやになってしまいます。 そして年頃になった晃は、少しずつ家から遠ざかっていきます。
親子の関係であっても、聞きたくても聞けない。言いたくても言えない。
そんな領域は、誰にでもあるのではないでしょうか。
晃の映画出演の話に、当初の栄子は心から素直に喜ぶことができませんでした。
けれど、昔の佐伯の映画を観ることで、健が遺した言葉をようやく受け止めます。 もしかしたら、そのスクリーンのどこかに健の姿が見えていたのかもしれません。 ここで栄子は、前を向きます。
栄子は溌剌としていて、言葉にブレもない。
この時を逃せば、工藤晃に父の真実を伝える機会を失ってしまう。
そんな思いもあったのかもしれません。 そして映画界の重鎮である黒木にも、銀幕のレジェンドである佐伯にも、 臆することなく言葉をぶつけていく。
そこには、辛い二十年を生き抜いてきた一人の強い女性が立っているのです。
止まっていたのは、フィルムだけではありません。
栄子の時間もまた二十年間止まっていましたが、 彼女が前を向いたとき、この物語の時計も再び動き始めます。
栄子が二十年抱えてきた時間は、皆さんにはどのように映ったでしょうか?
僕は、栄子が前を向いた瞬間こそ、この物語が本当に動き出した瞬間だったと思っています。
人生のどんな場面でも、躓いてしまうことがあります。
それは誰にでもある。
自分が躓いた場所で、周りの人たちがスタスタと軽い足取りで歩いていくように見えることもあります。 そんなことを考えながら工藤栄子を書いていると、
ふと最近の中森明菜さんのことが頭に浮かびました。
長い時間を経て、もう一度中森さんがステージに立つ姿です。
僕が中森さんから感じたのは、単に「昔に戻った」ということではありません。
長い時間を経てきたからこそ身についた、以前とは違う心の強さでした。
工藤栄子も、二十年前に戻るのではありません。
二十年という時間を抱えたまま、もう一度前を向くのです。
そして、その時の自分は心と身体に新しい強さを宿している。
栄子という女性を通して、そんなことを書きたかったのです。
今回は少し長くなりました。
第五話「秘策」は工藤栄子さんのエピソード回、
とくと彼女の強さを味わって下さい。
8月15日 午後8時公開