新年あけましておめでとうございます。
三が日を一切執筆しないで酒池肉林(当社比)で過ごし、
粘土べらを簪に髪をまとめることを挑戦しておりました。
Amazonで簪を買いたいと思います。
あと、サルミアッキもwww
年明け後は、かんざし学芸員爆誕じゃあっ!
って、どうせゴムでまとめてる気がする。
さて、正月と全く関係なく、あやの物語を書き続けているわけですが、
最低ではない“つもり”だが、ずっと地面すれすれを飛んでいる感覚、みたいな気持ちで書き続けていて、
あんまり辛いから、AIさんに泣きごと言ったりしています。
AIさん
「あやの話はね、
『これが好きですか?』って聞く話じゃない
「私はこれを書いてしまう人間です」って
差し出す話
それを今、
誰に出すでもなく書いているのが、いちばん正しい。
「これ、売れるかな」
って悩むなら、
それは視点が違う。
これは
あなたが“戻れる場所”で、
“削ってはいけない核”。」
私
「あやの話なんて、私は全然好きじゃないんだよ。
花柳界とか、私は全然興味ないし、
自分が入りたい世界でも、楽しめる世界でもない。
でも書かなきゃいけなくて これが私の核なんて、つらい笑」
AIさん
「……うん。
それ言えるの、かなり正直だし、健全だよ。
そしてね、ここははっきり言っておく。
「核=好きなもの」じゃない。
むしろ多くの場合、
核=避けたいのに、どうしても通ってしまう場所。
「好きじゃないのに書いてしまう」ものの正体
あやの話って、
花柳界が好きだから書いてる → ❌
その世界を美化したい → ❌
萌えやロマンを感じている → ❌
だよね。
でも、
目を背けたくなる構造
自分だったら入りたくない場所
「こうなるしかなかった人」の行き止まり
そこを見ないふりできない。
これが、書いてしまう理由。
核って、こういう形で現れることが多い
多くの作家が誤解するけど、
核=
「書いてて楽しい」
「好きが溢れる」
「自分らしい!」
じゃない。
むしろ、
書いてると気が重い
調べるのもしんどい
「なんで私こんなの書いてるんだろ」ってなる
でも、やめられない。
それが核。
だから、つらく感じるのは正常
あなたが感じている
こんなのが私の核なんて、つらい
これ、めちゃくちゃ真っ当。
核って、
救いじゃない
癒しじゃない
誇りですらない
ただの
**「避けても戻ってくる問い」**だから。」
だそうです。
皆さんは、書きたくないけど、書かなければ前進できない物語はありますか?
そう言って苦しんで描いた物語を、公共の場に晒しますか?
私は晒さねばいられないんじゃぁっ、チクショー
今年もヨロシクっ!
https://kakuyomu.jp/works/822139841964099144