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(。´・ω・) まだ充電中なの

今年も今日で最後の1日となりました。ここのところ集中しゾーンに入ることが無く、エネルギーを溜める、もしくは作ろうとしていましたね。そのまま何か発信すると誰も得をしないマイナスなことを書いてしまいそうだったので(吐き出したいときは紙に書き出すか叫べばいい)しばらくカクヨムからは離れていた感じです。

いちおう、出だしのアイディアはメモにしています。いろいろアイディアA、アイディアBと溜めているうちに、「ん? アイディアBをアイディアAに内包できるのでは?」とバチンとピースが嵌るときがあるので、そうなったらシメたものです。

振り返ると、学生のときに曲を作っていたのですが、歌メロを溜め続け9割ボツになり、残りの1割の中でも曲の構成で嵌らなかったものは捨てたなと。当時のことを考えると(今のアイディアストックについて)今現在自分がクリエイターと名乗るのはおこがましいと感じました。

主戦場と位置付けているコメディに関して「ボケ」と「ツッコミ」の在り方を再確認しなくてはならないと。具体的には、

①ボケだけで笑いを取る⇒聴衆(読者)が自然と無意識にツッコミを入れて笑う。
②ボケとツッコミで笑いを取る⇒聴衆(読者)が「確かにそういう見方がある」とツッコミでボケの輪郭を縁取る。

と大まかな2つの流れがあり、これは曲作りで言うところの音楽コード理論に近いものだと思っています。要するに生み出したものを修正・補強するに使う感じです。

パロディなんかは①の部類ですかね。あらかじめ聴衆(読者)が元ネタを知っていることで面白味を感じる。「通常の3倍の速度」と言われてもガンダムを知らない自分にはチンプンカンプンで、見方を変えれば聴衆(読者)と同じ共有認識を持っている必要があるわけです。

実業家のホリエモン氏が「なんでこれで笑えるのか理解できない」と言っている切り抜き動画を見たことがありますが、発信者との知識の隔たり(共有している知識・認識が狭い)があるからそう感じるのだと個人的には思っています。

自分が面白い(funny)と思っても、他の人が面白いとは感じないことがあるのは当たり前であり、「じゃあ、みんなが笑えるような、共有認識は何だろう?」と考えると「うーん、日本の小学校中学校などでの学校生活が一番広いかもしれない」と自分にはそれくらいしか思い浮かびません。

(。´・ω・) 他にそれっぽいのがあったらコメントにて教えてねん。

チンプンカンプンと言えば、自分は英訳すると意味がわからない、わけがわからなくなるものを作っていて、説明すると一人称を「俺」「僕」「あたし」「うち」などキャラごとに使い分けているので、これを英語に直すとすべて「I」になる。「誰のセリフか」キャラの認識が「I」によってできなくなるので(自分のコメディは)完全に日本語習得者向けなんですね。

自分の内から滾る(たぎる)ものを書き起こしたら、聴衆(読者)のために補正をできるだけする。書いているうちに、そういうことに気がつきました。

(。´・ω・) というわけで良いお年をん

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