現在カクヨムで絶賛連載中のライト文芸作品、『アカシャ・アニマ』は、作者的に「ほっこり&サスペンス」小説だと思っています。
僕はクーンツというアメリカのバリバリのエンタメ作家の影響を受けているので、基本的にサスペンスで押して押していく手法を採用しています。一難越えぬうちにまた一難、みたいな。『アカシャ・アニマ』でも、二章からはそういう形でストーリーを引っ張っていきます。
ただそれとは別に、この作品ではメインの恋火と風楽というキャラクターによるほっこりシーンが度々出てきます。一章や、二章と三章の間の幕間、三章と四章の間の幕間でもその二人の様子を描いています(投稿済みなのはまだ二章の途中)。
そのほっこりシーンはライト文芸の読者向けのサービスとも言えますが、作者の嗜好であるところも大きいです。ゲームでいうサブイベントみたいなものでしょうか。実はこの部分がこの作品の一番の肝ではないかとも考えています。
そして、四章の『風業・愛心』で、恋火と風楽の前世の馴れ初め(?)回想シーンが出てきます。ストーリーの構成上そのタイミングで挿入する必要があり、そこでやっと二人の関係の成り立ちを知ることができるのですが、まだ作品を読んだことのない、または読んでいる途中の人のために(つまり、全ての人のために)、この近況ノートにそのシーンを載せてしまおうと思います。
本編がちょっととっつきにくいと思われる方も、このシーンを読んで「ちょっといいじゃん」と感じましたら、ぜひ本編のほうにもお越しください、という宣伝記事です(正直者め)。
のちのち出てくる四章と五章は、メインとなる風楽と恋火のお話。そして最後に、謎の六章が待っています。そこまで読むと結構面白い作品だと思っています。
それでは、興味のある方はぜひご拝読くださいませ。
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『憧れの人』
風楽に好きな人ができたのは、彼が六歳の時だった。
親の転勤で、引っ越しをした。新しい住まいは三階建てのマンションだった。
新学期が始まって一週間ほどは家の近い生徒たちが集まって集団登校をした。集合場所はマンションの駐車場だった。一年生から六年生までが列になって通学路を歩いていく。
風楽は、生まれつき体が弱かった。その日、風楽は通学の途中で呼吸が苦しくなって、列から外れてしまった。
日陰に入って息を整える。その間にも集団登校の列はどんどん離れていってしまう。体の不調と精神的不安が相まって冷や汗が出た。
その時、しゃがんで蹲っている風楽の視界に一対の運動靴が見えた。顔を上げると、風楽よりだいぶ背の高い少女が立っていた。確か、同じ集団登校のグループの六年生だ。
列から外れて遅れてしまったことを怒られるかと思ったが、少女は何も言わずにただ風楽を見ていた。しばらく経つと、風楽の状態も落ち着いてきた。
風楽は立ち上がった。すると、少女は半分背中を向けて、片手を風楽のほうに差し出した。
風楽はその手を見つめる。風楽が何もしないでいると、少女はもっと手を近づけた。
風楽はその手を握った。自分より大きい、だけど柔らかい手。
学校に着くまで風楽は少女に手を引かれて歩いた。
校舎に入って別れる時、風楽は恥ずかしがりながら少女に名前を尋ねた。
少女の名は、恋火といった。
学校の行事で、上級生と下級生がグループになって遊ぶ時間があった。一年生と六年生、二年生と四年生、三年生と五年生という組み合わせ。
風楽のグループの上級生のほうに、恋火がいた。彼女は運動神経が良くて、何をやっても一番すごかった。彼女に憧れているのは風楽だけではなかった。
その日はグループごとに大縄跳びをしていた。二人の上級生が大縄を回し、そこへ他の人間がタイミングよく入って縄を飛ぶ。
体調が優れなかった風楽は、大縄跳びに参加せずに見学していた。校舎と校庭の段差の縁に腰かけ、楽しそうに遊ぶ友人たちを眺めた。
風楽が一人で座っていると、傍に誰かが座った。
恋火だった。
「どうしたの?」
風楽は彼女に訊いた。彼女なら一回もつっかえずに縄を飛ぶことができる。
「疲れちゃった」
そう言った恋火は、ちっとも疲れているようには見えなかった。
二人で並んで座り、時が経つのを待つ。
幼い風楽でも、なんとなくわかった。恋火の優しさが。
恋火は一度友人に呼ばれたが、手を振り返しただけで、その場から離れなかった。
風楽は、こっそりと、彼女の手に触れてみた。気づいた恋火が、風楽を見る。
恋火は風楽が握った手を握り返した。授業時間が終わり休憩のチャイムが鳴るまで、そうしていた。
恋火は中学生に進級した。彼女が部活動に入ったこともあり、なかなか会う機会がなくなった。
その日は、一年のうちで最もチョコレートの飛び交う日だった。
チョコレートは基本的に女の子から男の子へ渡されることが多いが、風楽は憧れの人のためのチョコレートを用意した。母が包装をしてリボンをつけてくれた。
風楽と恋火は同じマンションに住んでいる。風楽は彼女が帰宅しただろう頃合いを見計らって、彼女の家を訪ねた。
インターホンで出た恋火の母親に、風楽は自分の名を告げる。
玄関のドアが開き、ジャージ姿の恋火が出てきた。
「あ、あの。これ、恋火さんに」
風楽は表彰状でも渡すような姿勢で、チョコレートの箱を差し出した。
恋火がさっとチョコレートを受け取る。
「ありがとう」
感謝の言葉をかけられて、風楽は笑顔になった。
「ちょっと待ってて」
そう言って恋火が一度家の中に引っ込んでいく。
少しして、戻ってきた。
「はいこれ」
それは、先ほど風楽が渡したものとは違う包装がされた箱だった。
「僕に?」
「うん。チョコレート嫌い?」
「嫌いじゃない」
「そう。よかった」
恋火が優しく微笑んだ。
その日の夜、風楽はなかなか寝つけなかった。目を閉じても、何度も何度も彼女の顔が浮かんでしまったからだ。
「白い樹があるんだって」
風楽が十歳になったある日の休日、恋火にそう声をかけられ、風楽と恋火は鬱蒼と緑が生い茂る森の中にいた。
「その樹に願いごとをすると、叶えてくれるらしいよ」
落ち葉や枯れ枝を踏みしめながら進む。
風楽は並んで歩いていたはずの恋火にいつの間にか差をつけられてしまった。気づいた恋火が立ち止まり、彼のことを待った。
「すみません」
風楽を見る恋火の目は、優しかった。
「謝らなくていい」
恋火が片手を差し出した。あの時と同じように。
風楽は彼女の手に触れる。追いついてはきたが、まだ彼女の手のほうが少し大きい。
柔らかな温もり。
二人は手を繋ぎ、森の中を歩いた。
森の奥で見つけたその大きな樹は、思っていた以上に白かった。幹や枝だけでなく、葉まで白い。色褪せてそうなったような白ではなく、目に残る鮮明な白だった。
風楽がその光景に目を奪われていると、恋火が尋ねてきた。
「風楽は何を願うの?」
高校生になった恋火は、体も心も大人に近づいていた。彼女はいつも風楽の先を行っている。
それでも、風楽は彼女に追いつきたかった。
いつか、隣に立てるように。並んで歩けるように。
「恋火さん。いつか、僕のお嫁さんになってください」
白い大樹にではなく、直接彼女に向かって、言った。
恋火は、少し戸惑ったような顔になった。
「先のことなんてわからないよ」
彼女の言葉に、風楽は顔を下げる。
「だから、その時になったらもう一度言って」
風楽は顔を上げた。
「待ってるから」
彼女の微笑みは美しかった。
「はい!」
※ここから先は重要なネタバレを含むため、ここまでとなります。もし気になった方はぜひ本編のほうへお越しください。
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