音とは、単なる物理的現象にすぎない。空気の振動が耳に届き、脳がそれを解釈する。科学的にはそう説明できる。だが、私たちが体験している「音」は、その定義を超えている。
たとえば、一つの旋律を耳にしたとき、涙がこぼれることがある。それは決して空気の振動そのものが涙を引き起こしているのではない。むしろ、その波動を媒介として、私たちの心の奥に沈んでいた記憶や感情が呼び覚まされるからだ。つまり、音は心に「届く」のではなく、心の扉を「開ける」役割を担っている。
ここで興味深いのは、人間の心がただ受け身であるわけではないという点だ。音が与える衝撃をどう受け取り、どのように変換するかは、個人の記憶、価値観、そして存在のあり方に依存している。ある人にとっては哀しみを呼ぶ旋律が、別の人にとっては懐かしさや希望を生む。つまり「音が心を動かす」と同時に「心が音を意味づけている」のだ。
この相互作用は、人間の存在そのものを映している。私たちは外界から刺激を受けるだけでなく、その刺激に意味を与え、さらに他者へと返していく存在である。音楽を聴き、心が震え、その震えを言葉や行動に変えたとき、今度は自分自身が他者の心を揺さぶる波となる。
「音は心に、そして心は人に」。この往復の連鎖こそが、文化を育み、人と人をつなぎ、生の意味を織りなしているのではないだろうか。 しらんけど。