人がこの世界に生まれ落ちた瞬間から、その社会の法律や道徳、規律を守ることが当然の義務として課される。
それは教育や習慣を通じて、深く、ほとんど無意識の領域にまで刷り込まれていく。
しかし私は、幼いころからそれを重く、窮屈なものとして感じてきた。
もし規律を守ることに窮屈さを覚えない人ばかりなら、世界はもっと清らかで、不正のない秩序が築かれているはずだろう。
けれど現実には、誰もが心のどこかで疑っている。
「これは正しいのか」「自分は本当にこんな仕組みを望んでいるのか」と。
だが人は、罰を恐れる。
罰を避けながらも、この仕組みに従いたくない。
その葛藤の果てに、人々は“グレーゾーン”と呼ばれる曖昧な場所に身を寄せ、そこで息をしていく。
やがて、抜け道を探すことそのものが日常となり、本来の目的を見失ってしまう。
――私たちは、この社会を上手に生き抜くことに一生をかけている。本当にそれが目的だったのか?
犯罪も、いじめも、戦争も、決してなくならないだろう。
なぜなら人は、それぞれ異なる目的を携えて生まれてくるからだ。
戦うことを使命とする者もいれば、苦しみを経験するために生まれてくる者もいる。
人の数だけ、生の意味は異なる。
では、私自身は何を果たすためにここにいるのか。
その答えを知るのは、他の誰でもない。
忘れられているとしても、胸の奥深くに必ず痕跡は残っている。
それを思い出すことこそ、人が生きるという営みの核心なのかもしれない。