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ランキング巡回ログ #32 ~幽霊の人生を追体験する少年が、役者として開花するまで~

幽霊が見える少年が、幽霊の人生を追体験する。
ここまでは、ホラー小説の導入にしか見えない。
ところが、この特殊な能力が「演技」という仕事と結びついた瞬間、物語はまったく違う方向へ動き始める。

今回は、そんな設定と、人物・職業が、驚くほどきれいに噛み合った作品を紹介したい。
ランキングに掲載されて以来、ずっと読み続けている作品でもある。

『その〝声〟は何を語る ~憑かれ体質少年、演技の世界へと誘われる~』
https://kakuyomu.jp/works/2912051601037063271

舞台は現代日本。
主人公・気仙響哉は、物心ついた頃から人ならざるものが見える少年だ。

ただ「見える」だけなら、まだよかった。
響哉には、霊が生きていた頃の人生を、夢を通して追体験してしまうという特異体質があった。

そんな響哉が、中学校での職業体験をきっかけに、まだ知らなかった「演技」の世界へ足を踏み入れる。
そこから、彼の特殊な経験が演技という形で活かされていくことになる。


ジャンルとしては現代ドラマだが、人ならざるものが見える少年が主人公ということで、最初はホラーを想像するかもしれない。
私も最初に設定だけを見たときは、どのような物語になるのだろうと思った。
ところが実際に読んでみると、これはホラーというよりも、異能を「どう仕事に活かすのか」を描いた職業ものだった。

しかも、よくある「特殊能力を手に入れた主人公が、その能力で無双する」というタイプではない。
ランキング巡回ログ #8で紹介した鍼灸作品にも、特殊な能力を仕事へと結びつけていく面白さがあった。
本作も同じく、能力そのものよりも、「その能力を持った人間が、どのように仕事と向き合うのか」に面白さがある作品だ。


響哉は幼い頃から、何度も霊の人生を追体験してきた。
その人物がどのように生き、何を考え、何を経験し、最期にどう死んだのか。
他人の人生を、まるごと経験してしまう。

これを幼少期から何千回と繰り返した結果、現実世界の多くのことに興味を示さなくなってしまった。
すでに似たようなことを夢の中で経験しているからだ。

何かを知りたい。何かをやってみたい。
そんな子供らしい好奇心が薄れてしまっている。
そして、そのことは本人だけではなく、家族にも影響を及ぼす。

父親との関係は壊れ、母親は、何にも興味を示さない感情が平坦な息子が心配でたまらない。
つまり、この能力は単なる「便利な特殊能力」ではない。
主人公の人格を作り、家庭環境まで変えてしまったものとして描かれている。

ここが、まず面白い。


そして、その人格を持った少年が、物語の中で初めて「自分の知らないもの」に出会う。
それが、俳優という仕事だった。

夢の中で様々な人生を経験してきた響哉は、その経験を演技に活かしていく。
他人の人生を知っている。
その人が何を考え、何を感じ、どのような人生を歩んできたのかを追体験している。
それならば、役者としてこれほど強力な経験はないだろう。

しかし、ここが本作の面白いところだ。
単純に「霊の経験をそのまま演技すればよい」という話ではない。
物語が進むにつれて、響哉は夢で経験したものをそのまま再現するのではなく、それを自分の中で演技として落とし込んでいくようになる。

つまり、特殊能力がそのまま才能になるのではなく、
特殊な経験を演技へ応用し、試行錯誤したうえで、自分自身の演技へと昇華する過程が丁寧に描かれていく。

特殊能力がそのまま完成された才能になるのではなく、特殊な経験を持った人間が、演技という未知の世界で学んでいく。
そこには、きちんと成長がある。

まさに私がこれまでのランキング巡回ログで繰り返し書いてきた、「人物の力学」と「人格の整合性」が噛み合っている作品だ。


以前の巡回ログでも何度か書いている通り、私は「設定が面白い作品」だけではなく、設定や人格が実際に物語を動かしている作品に惹かれる。
この作品は、そこが非常に分かりやすい。

響哉が特殊な能力を持っているから、特殊な経験をする。
特殊な経験を積み重ねたから、普通の少年とは違った人格になる。
その人格があるからこそ、普通なら興味を持つようなことに全く関心を示さない。

そして、そんな彼が「これまで経験してこなかったもの」として出会ったのが演技だった。
だからこそ、演技が彼にとって特別なものになっていく。

ここには、キャラクターを動かすために都合よく設定が置かれている感じがない。
「この主人公だから、この展開になる」という納得感がある。


これは以前の巡回ログ#30で感じたこととも対照的だ。

#30では「悪役俳優」という設定があっても、それが主人公の人格や物語に十分な力を及ぼしているようには感じられなかった。
一方で本作では、「俳優」という職業が主人公の特殊な生い立ちと結びついている。

職業が単なる肩書きではなく、主人公自身を変えていく要素になっている。
この違いは大きい。


また、本作は演技そのものについても、かなり踏み込んで描いている。

たとえば、役を演じる方法について「客観型タイプ」「憑依型タイプ」といった考え方が出てきたり、映画やテレビの制作現場が描かれたりする。

そのため、単に「主人公が演技をすると周囲が驚く」というだけではない。
どうやって役を作るのか。
自分の中にある経験をどう使うのか。
演技を続けることで何が変わっていくのか。

そういった部分が物語の中に入ってくる。

私はこういう「職業ものの手触り」が好きだ。

職業が設定として存在するのではなく、その職業に取り組むこと自体が主人公の成長や人間関係に影響している。

本作では、それが自然に成立している。


そして、個人的に印象に残ったのは、響哉自身の変化だけではない。
母親から見た響哉の変化だ。

これまで何をしてもあまり興味を示さず、どこか遠いところにいるようだった息子が、演技というものに出会ってから少しずつ変わっていく。
自分から何かに興味を持ち、努力し、成長していく。

その姿を母親が見て、ついに安堵するのだ。
このあたりは、胸に来るものがあった。

主人公が役者として成長する物語であると同時に、一度止まってしまっていた少年の人生が、もう一度動き始める物語としても読める。

派手な展開ではない。
それでも、「この子がようやく何かを見つけたのだな」と感じられる。
こういう人物の変化を丁寧に積み重ねてくれる作品は、やはり私の好みに合っている。


もちろん、気になるところがまったくないわけではない。

私が少し引っ掛かったのは、最序盤の体験オーディションでの演技だ。

主人公はそこで、「毒物を使った殺人犯」という設定の即興劇を求められる。
響哉は、夢の中で経験した研究者の人生を引っ張り出して演技する。
その研究者は、研究だけに没頭し、熱中し続けた末に、晩年になって自分の人生を振り返り、「なんと虚しい人生だったのか」と絶望しながら命を落とした人物だった。

ところが実際に出てくる演技は、かなり典型的な「マッドサイエンティスト」のイメージに近い。
もし夢の中で追体験した研究者自身が、そうした人物だったのであれば問題ない。
しかし描かれている研究者は、ただ研究に没頭し続け、最期に自分の人生を振り返って絶望した人物だった。

巡回ログ#24で紹介した作品では、まさに、研究に没頭し続け、最期には絶望して転生した主人公、佐伯忠夫が描かれている。
彼のような人生を追体験した経験を演技に反映させたのだと考えると、私には、そこで描かれるステレオタイプな「マッドサイエンティスト」にはならないように感じられる。
そう考えると、そこで出てくる言葉や振る舞いが「その研究者が発したもの」という感じがせず、「作者が想像するマッドサイエンティスト像」に寄っているように感じた。

とはいえ、これはかなり細かい指摘だと思う。

私が気になったのは、作中で響哉が追体験したはずの「その研究者の人生」と、実際に演じた「マッドサイエンティスト」の間に、少し距離があるように感じたことだ。

もちろん、これは「現実の研究者はこういう言動をする」という話ではない。
むしろ、実際にその職業を経験した読者が読んだときには、「現実の研究者が、そんなこと言うかな?」という違和感として表れる可能性もある、という程度の話だろう。

創作物として、ある程度のデフォルメが入るのは当然でもある。
池井戸潤が描く銀行員も、海堂尊が描く医師も、現実の銀行員や医師の姿をそのまま描いているわけではない。
物語として成立させるためのデフォルメはある。

私自身も職業ものを好むからこそ、こうした部分に少し目が行ってしまうのだろう。
したがって、ここを作品の大きな欠点として捉えているわけではない。


本作を読んでいて改めて感じたのは、私は単純に「主人公が成長する話」が好きなのではない、ということだ。

主人公の過去や人格が現在の選択を生み、その選択によって新しい経験が生まれ、その経験がまた主人公を変えていく。
そうやって人物自身が物語を動かしていく作品に、私は強く惹かれるのだと思う。

本作では、特殊な体質が人格を作り、人格が行動を生み、
その行動から職業との出会いが生まれ、職業がさらに主人公を成長させていく。

この流れが一本につながっている。

幽霊の人生を追体験するという特殊な設定も面白い。
しかし、それ以上に魅力的なのは、その設定が「この主人公」を作るために使われていることだと思う。

特殊能力があるから物語が動くのではない。
その能力によって形成された人格がいるから、その主人公ならではの選択が生まれ、その選択が次の物語につながっていく。

だから読んでいて、次に何が起こるのかだけでなく、
「この主人公が、この経験によってどう変わっていくのだろう」
というところが気になる。

私は、そういう物語を読むのが好きなのだと思う。

本作は、特殊能力を持った主人公が演技の世界で活躍していく作品である。

しかし、単純な異能無双ものとして読むよりも、「普通ではない人生を送ってきた少年が、初めて自分の経験を活かせる場所を見つけ、そこで人間として成長していく物語」として読むと、より面白さが伝わるのではないかと思う。

そのため、現代ドラマや職業ものが好きな人はもちろん、特殊能力を「どう使うか」という過程や、主人公の人格形成から物語が動いていく作品が好きな人にもおすすめしたい。

今回の作品は、かなり私の好みに刺さった。
おすすめレビューも☆3で書いた。
https://kakuyomu.jp/works/2912051601037063271/reviews/2912051603416750967


さて、次はどんな作品に出会えるだろうか。
今日もまた、ランキング巡回の続きだ。

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