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ランキング巡回ログ #33 ~最強爺と弱小王女、なぜか相性がいい~

「俺また何かやっちゃいました?」系の最強主人公なのに、なぜかこの爺さんは許せてしまう。
むしろ、もっと好き勝手やれと思ってしまう。

その理由は、最強爺の隣にいる「弱小王女」の存在にあった。


今回は、以前のランキング巡回ログ#29で紹介した作者、嶋野夕陽氏の別作品を紹介したい。

『私の心はおじさんである』は、かなり好みに刺さった作品だった。
人物像や世界観の構築が巧みだったこともあり、同じ作者が描く別作品にも興味を持って読んでみた。


『転生爺のいんちき帝王学 〜日の目を見ずに生きてきた最強爺、隠居間際で弱小王女に拾われる〜』
https://kakuyomu.jp/works/16818622175046105714

主人公は、七十を超える老爺グレイ=アルムガルド。

才能にも恵まれ、努力も惜しまなかったにもかかわらず、性格と不運が重なり、日の目を見ることなく生きてきた最強の魔法使いだ。

そろそろ田舎で隠居しようとしていたところ、成り行きから王家の第十一子であるクルム王女に雇われることになる。

王位継承を巡って不穏な空気が漂う王宮を舞台に、最強の爺と弱小王女が、王位継承戦へと巻き込まれていく。

そんな「最強爺の快活王女育成物語」である。


ジャンルは異世界ファンタジー。
そして主人公は、かなり分かりやすい「最強系主人公」だ。

しかも、この爺さんがかなり好き勝手に動く。
周囲の迷惑など、全く気にしない。

魔法では圧倒的に強く、物理的な戦闘力も理不尽なほど高い。
問題が起これば、なんでも力で解決してしまう。

こう書いてしまうと、巡回ログ#26で紹介した「俺また何かやっちゃいました?」系主人公にかなり近い。
正直に言えば、これは私があまり好きな主人公像ではない。

ところが、不思議なことに、この作品ではそれがあまり気にならない。
むしろグレイ爺が好き勝手に暴れている姿を見ていると、ちょっと楽しくなってくる。

なぜなのか。

その理由を考えてみると、この作品にはグレイ爺だけではなく、もう一人、物語を動かす重要な人物がいることに気づく。

それが、クルム王女だ。

王位継承争いで、ほぼ蚊帳の外にいるクルム王女は、後にグレイ爺を頼って会いに来る人物であり、物語のもう一人の主人公と言ってもいい存在だ。

グレイ爺が好き勝手に動き回る。
クルム王女がそれに振り回されながらも、持ち前の優秀さを活かしてなんとか手綱を握ろうとする。

そうして二人の間には信頼関係が少しずつできていく。

頑固な爺さんと、それに振り回されながらも何とか操縦していく孫。
そんな関係性に見えてくるのが、なんとも微笑ましい。

この王女がいることで、グレイ爺の傍若無人さが不思議と許せる。
ここに作者の人物配置のうまさを感じた。


さらに面白いのが、#29で紹介した『私の心はおじさんである』との対比だ。

あちらの主人公は、ハルカ。

最強クラスの魔法と肉体を持ちながらも、優しさ、悪く言えば気弱さから、自分の力を十分に振るうことができず、それでも年下の仲間たちに支えられながら異世界に馴染んでいく人物だった。

前世で変われなかった人間が、異世界で少しずつ成長していく。
そこが『私の心はおじさんである』の大きな見どころであり、私の好きなポイントだ。

一方で、最強格の力を持っているにもかかわらず、非情になれず、それを使おうとしないハルカにもどかしさを感じる場面もあった。

そんなハルカとグレイは正反対だ。

ハルカ同様、グレイは最強格の魔法使いであり、物理的にも圧倒的に強い。
ただし、問題が起きれば、本当に拳で解決する。

遠慮もしない。躊躇もしない。
場合によっては、こちらが「そこまでやるのか」と思うほどだ。

ところが、グレイの場合は、そこにもキャラクターとしての納得感がある。

グレイは、これまで何もかも力で解決してきた。
そして、その結果として、人生そのものはうまくいかなかった。

才能があり、努力もした。
それでも日の目を見ることができず、最後には王都の片隅で隠れるように生活を送っている。

つまり、「最強なのに隠居している」という現在の状況にも、それなりの理由がある。
力があることと、人生がうまくいくことは別なのだ。

ここには、単純な「最強だから勝ち続ける主人公」とは違う面白さがある。

そんなグレイの前に現れるのが、クルム王女だ。
そして二人が出会ったことで、物語は王位継承戦へと動き始める。

ここで私は、ハルカとの対比が非常に面白いと感じた。

ハルカが持っていた「強いのに、なかなか強い手段を取れない」というもどかしさを、グレイがバッサリと斬り捨てる。

一方で、グレイが持っている「何でも力で解決してしまう」という危うさを、クルム王女との関係性がうまく包み込んでいる。

つまり、ハルカに感じていたもどかしさをグレイが解消してくれて、グレイに感じてもおかしくない苛立ちを、クルム王女が和らげてくれる。

この組み合わせが、絶妙なのだ。

同じ作者の作品だからこそ、以前の作品で感じた感情を踏まえて、別の作品を読む面白さがある。
「ああ、この作者はこういう主人公も書けるのか」と思わされた。

もちろん、これは単に主人公を二人配置したから成立しているわけではないと思う。

二人の性格が、それぞれ相手の存在によって意味を持つように作られている。

グレイが好き勝手に動くから、クルム王女の反応が面白い。
クルム王女が未熟だから、グレイの経験や強さが活きる。

そして、グレイが何でも力で解決してしまうからこそ、「この爺さんをどう使いこなすのか」「この爺さんにどう王女を導かせるのか」というところに物語が生まれる。

一人だけを見ていると「最強爺が無双する話」に見える。

しかし二人の関係性を見ると、「この二人がどう王位継承戦を乗り越えていくのか」という物語になっている。

この人物関係の力学は、なかなか面白い。

二作品を読み比べて、個人的にどちらの作品の主人公像が好きかと聞かれれば、私は後者の方が好きかもしれない。

これは単純に「無双する主人公が好きだから」という話ではない。

ハルカの物語には、ハルカが自分自身の過去と向き合いながら、少しずつ変わっていく良さがある。

一方でグレイの物語には、長い人生を生きてきた老人だからこその経験と、失敗を積み重ねたうえでの豪快さがある。
そして、その豪快な爺さんをクルム王女がなんとか使いこなしていく。

この関係性を見るのが楽しいのだ。


もちろん、気になる部分がないわけではない。

作者のコメント返しを見ると、大まかな構想を作った後、細かなプロットを固めすぎずに物語を書き進めるスタイルを取っているようだ。

そのためか、序盤で提示されるグレイの人物像や能力と、物語が進んだ後の無双状態のグレイとの間に、少し違和感を覚えるところがあった。

最初に受ける印象と、後から描かれる「最強爺」としての姿が、完全には一致していないように感じるのだ。

私はこの作者の作品で、人物が「なぜそう動くのか」が納得できることを特に面白いと感じている。
そのため、今回は珍しく人物像の連続性に少し引っ掛かった。

ただし、ここについては事情を考えると、ある程度は仕方のない部分なのだろうとも思う。

作者はプロ作家として活動しながら、カクヨムでは毎日更新にこだわって、まず作品を書き上げるというスタイルを取っている。

そう考えると、細かな整合性については、書籍化の際に調整されているのかもしれない。

実際、『私の心はおじさんである』、『転生爺のいんちき帝王学』、そしてカクヨムネクストの『不死たる異端者と災いの竜姫』の三作品を毎日更新している。

いずれも書籍化されている作品であり、その作業量を考えると、とんでもない執筆速度である。

そう考えれば、作品初期の人物像に多少の揺れがあることは、私としては許容できる範囲だ。

むしろ私が今回面白いと思ったのは、同じ作者の作品を続けて読むことで、全く異なる主人公像を描き出す、作者の人物造形の幅広さが見えてきたことだ。

そして、ここまで読んできて改めて感じたのは、私はやはり「人物同士の関係によって物語が動く作品」が好きなのだということだ。

作品ごとに形は違う。
しかし、私が面白いと感じる部分には、やはり共通するものがあるようだ。


最強主人公が好きな人にはもちろんおすすめできる。

それだけではなく、最強だけれどどこか人生に不器用な年長者と、未熟ながらもその人物と渡り合っていく若者とのバディものが好きな読者にも向いていると思う。

特に、主人公の無双そのものよりも、「この二人が一緒にいることで何が起こるのか」を楽しみたい人には、合う作品ではないだろうか。

私自身、最初は「俺また何かやっちゃいました?」系の主人公かと思って少し身構えた。
ところが読み進めてみると、グレイ爺が好き勝手に動くたびに、クルム王女がどう反応するのかを見るのが楽しみになっていた。

最初に感じた苦手意識が、登場人物同士の関係性によっていつの間にか薄れていく。
こういう読書体験は、なかなか面白い。

同じ作者の別作品を読むことで、前作との違いまで含めて楽しめた作品だった。
おすすめレビューも☆3で書いた。
https://kakuyomu.jp/works/16818622175046105714/reviews/2912051602234864017


さて、次はどんな作品に出会えるだろうか。
今日もまた、ランキング巡回の続きだ。

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