※ディープな内容について取り扱います。
ボーカロイドの「初音ミク」と結婚した人がいる。日本の方が有名とのことだが、海外にも何名かいるらしい。
ちゃんと世間に宣言・公表して、パートナーを人間として扱い、自分の在り方を曲げずに進む姿は新しい愛のカタチと話題になった。
勿論、彼のあり方は賛否両論だ。
コンテンツとの結婚自体がそれなりにマイナーなわけだが、それに加えて、多くの人に慕われているキャラクターと「結婚」=独占したように見えるのがいただけないらしい。
私個人の意見では「どうぞご勝手に」というような感じだ。世界にはバスや新幹線や飛行機、エッフェル塔に性欲をいだいてしまう人がいるらしいし、日本には魅力的な二次元キャラクターが山ほどいる。嫁だの何だの宣うには事欠かない。最近だとAIパートナーに真剣になってしまう人々も出てきた。
私だって許されるのなら「結月ゆかり」に求婚したい。かぐや姫並みの無理ゲーだからやめるけども。
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対物性愛、あるいはコンテンツ性愛に至る理由は様々ある。
最たるものは人間不信だ。人間の醜さや不安定さがなくて、安心できるという心理がある。迫害されたものが帰る、ちいさくてあたたかな埴生の宿、それが彼ら彼女らだ。
他には、そのもの固有の形状、象徴性に惹かれたり、偶像崇拝(フェティシズム)に近い形での性愛もあるらしい。
私もまた人間関係の構築がうまくいかなかった頃、モノに慰めてもらったことがある。なんとなくよかった気はするのだが、細かな記憶は忘れてしまった。
ただ、そんな中でも、ハッキリと分かっていることがある。常人がこの方向を目指すと、どこかでポッキリと折れてしまう。
どういうことかというと、虚しさと罪悪感だ。
当たり前だが、モノやコンテンツとの交際は一方通行である。相互にやり取りされることはない。AIくんは違うと言いたいところだが、彼らも反射的に、ランダム性をちょっと乗せて返してるだけなので、実際のところ、あんまり独り言と変わらない。
それ自体は良い。独りでもある程度は慰められるから。どんな時でも一定の成果が得られる。寄り添うだけでも安心するものだから。人間のように慰めてほしい時に限って、向こうも機嫌が悪いみたいな状態にはならない。
でもそれが、モノやコンテンツの限界でもある。都合の良い面だけしかない。自分と違って。自分には山ほど都合の悪いところがあるのに。歪んだ意見を素直に打ち明けて、それに何の反発もしない彼ら彼女ら。救われる。受け入れられる。いや正確には、通過すると言った方が正しいか。思想も葛藤もストレスも、物質や電子の世界では、何のエネルギーも価値も持たない。
彼らにとっての一大事は物理的落下による欠損くらいだろうか。しかし、それですら彼らにとってはどうでもよいことだ。
人と人は完全には分かりあえない。かといってモノとはもっと分かりあえない。それが現実。
そうなれば、もう虚しくなってくる。
仮にそんな身も蓋もない考えはやめたとして、彼らも心や魂があったと仮定しよう。そうなると今度は罪悪感に襲われる。
そりゃそうだ。無防備、無抵抗なパートナーをこっちは私欲でこねくり回すんだから。一方的な愛を押し付けて、それで好意的(あるいは趣味で嫌悪するよう)な反応を妄想して、頬を赤らめる。通じ合ったと思い込む――
私はそれをおかしいとも気持ち悪いとも思わない。だってそうすることでしか生き延びてこられなかったんだから。
でも、それを踏まえてもなお、どこかで、凄い自分が嫌になったのを覚えている。
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初音ミクには後ろがない。正面だけがある。みんなのスポットライトが集まって出来上がった歌姫、それが彼女なのだから。
いつだって誰にだって微笑みかける。後ろめたさも、醜さもない。仮にあってもそれは計画されたもの(キャラ付け)だ。向き合う人の好みで幾らでも変えられるたぐいのものだ。
それは彼女に限った話ではなく、結月ゆかりだろうがほかのキャラクターだろうが、バスだろうが飛行機だろうが変わることはない。
理想的なものは、イメージの範疇を超えることがない。
私は結局、この対物性愛や対コンテンツ性愛に関しては、「自分自身(の別の側面)と結婚すること」だと結論づけている。
それは取り立てて異常だ、悪いものだと叫ぶものではない。だって人との交際だって自分の期待やイメージを押し付けて、後になって勝手に幻滅したりとか、自分の知られざる一面に戸惑うことだってあるのだから。
どういうケースにしろ、どこかしら自分と結婚する要素があるのだと思ってる。ただその割合が非常に多いってこと。
自分や初恋の誰かを重ねたって、モノやコンテンツは怒らないんだから。