自分の「レベル」が可視化されるようになったら、自分は今より頑張るようになるのだろうか。
質問の形式で書いているものの、十中八九頑張るようになるだろうな、と考える。休みも返上して頑張ることになるだろう。
他の誰かと比較なんてしない。それをし出すと運悪く自分のすべてを否定する存在に出会った際、それが雰囲気とかでなく、数値という確定したもので示されて気が狂うだろうから。
やるなら過去の自分との比較だ。今までの自分に比べて成長したかどうかで考えるし、必要に応じて痛めつける。
自分に勝つっていうのは、聞こえはいいけれども、一歩間違えれば「成長」というコンテンツへの依存症になる。
例えば休日で何もできなかった時、禁断症状、恐ろしいほどのストレス、自己嫌悪がこみ上げてくる。昔のCMに「24時間働けますか」という宣伝文句があったけれども、本当にそうなってくれたらいいのにとなる。
一般的なRPGと違って、現実世界は放置するとレベルダウン、腕がなまってゆくからだ。
なまり方は内容によって様々だが、大抵のものは1日や2日程度のものではなく、ある程度の期間蓄積された結果だ。触らないことによるギャップ、それはモノの上に溜まるホコリと同じだ。いつの間にか目も当てられない程の量になる。
チリツモの効用は努力に対して使われることが多いが、怠慢の方にも当てはまるし、実体験ではそちらのほうがはるかに多い。
歯車にホコリの積もった状態で機械を動かそうとして、案の定不具合を起こす。ブランク明けに思いきり動こうとしてダメになるケースだ。
成長し続けることは難しい。
自分に勝つ。自分に勝ち続ける。心は洗練を求め続け、同時に衰えへの恐怖とも闘う。脳内がタスクで一杯になる。体は不調を訴え、エンストのまま時間だけが進んでいく。一向に気が休まらない。
正常な思考回路を持つ人ならば気づく。どこかで見切りをつける。無理して上げたレベルに、持続できないレベルに何の意味があるのかと。
休めばいい。休んでみんなと楽しめばいい。
そうだ。そうなのだ。
道をどこかで誤っている。いや、誤った道を訂正しようとして、また別の方向の藪に突っ込んでいるのかもしれない。
地図も持たずに一人で海を進む者。
経験と迷走、健全なストレッチ目標と自転車操業の区別もつかなくなった哀れな努力のトリコだ。
対象なきレベルアップへの欲求。
それは果てなき下りエスカレーターを逆走する不毛さにも近い。
夢を持つって大切だよなと思う。