「余白の声」第21話「弔意の場に、旗は要らない」を公開しました。
この話の下敷きにあるのは、福知山線脱線事故です。
ただし、事故そのものを論じる話ではありません。
事故原因や組織批判、労務管理について書こうとしたものでもありません。
むしろ逆です。
追悼の日や弔意を示す場所に、別の主張を持ち込まないでほしい。
死者の名前を、自分の正しさを補強する材料として使わないでほしい。
そういう話です。
偶然ではありますが、公開時期が8月になりました。
この時期になると、さまざまな場所で追悼の言葉が交わされる一方、その隣には立場の違う「色違いの旗」も数多く立ちます。
もちろん、政治を語ることも、社会を批判することも、それ自体を否定するつもりはありません。
語る場所はいくらでもあります。
ただ、弔意を置くべき場所くらいは、弔意だけを置いてもよいのではないでしょうか。
右でも左でも、何色でも構いません。
その日だけは旗を下ろす。
どうしても掲げなければならないのであれば、せめて半旗にする。
今回書きたかったのは、それだけです。
沈黙することもまた、一つの意思表示なのだと思っています。