アーサー・コナン・ドイルの名を知らない人は、そう多くないでしょう。
ましてや、彼の創作である『シャーロック・ホームズ』ともなれば、世界的に広く知られた存在であることに疑いはありません。
ドイルといえばホームズのイメージが強いものの、実際の彼は非常に多作であり、推理に始まり、怪奇、SF、冒険、さらにはラブコメに至るまで幅広い作品を手がけた総合的なエンターテインメント作家でした。
ドイルが晩年を過ごしたビクトリア朝後半から20世紀前半にかけては、進展する科学技術と、いまだ解明されない因習や自然現象とのあいだで社会が揺れ動いていた時代でもあります。
こうした狭間の時代において注目を集めたものの一つが、降霊術でした。
19世紀のゴシック文学を紐解くと、降霊(交霊)術を扱った作品が少なくないことに気づかされます。ドイルも例外ではなく、むしろホームズに象徴される合理主義とは対照的に、多くの怪奇作品を発表しています。
その中でも、特に印象に残った作品を取り上げてみたいと思います。
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創元推理文庫
北極星号の船長 <ドイル傑作集2> コナン・ドイル (著), 北原 尚彦 (翻訳)
「火遊び」
これは、単なる怪談ではなく「思念は実体化しうるのか」というテーマを扱っています。交霊会において、画家が一日中思い描いていたユニコーンのイメージが、あたかも実体を持ったかのように現れ、周囲に恐怖をもたらします。そこでは、幻想上の聖獣は優美な存在ではなく、恐怖と混乱に満ちた危険な獣として描かれるのです。
本作の本質は、降霊術そのものよりも、人間の想像力と無意識が現実に干渉する危険性にあります。軽率な好奇心によって呼び出されたものは、制御不能な形で現れ、人間に被害をもたらします。
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このようにアーサー・コナン・ドイルは、合理主義の象徴であるホームズ像とは対照的に、科学では説明しきれない領域へと関心を向け続けた作家でした。
「火遊び」は、その二面性をよく示す作品であり、現代にも通じる人間の根源的な恐怖と好奇心、とりわけ、想像力や無意識が現実に干渉しうるという不安を描いていると言えるでしょう。
ここで興味深いのは、ドイルがこうした怪奇的モチーフを体系化することなく、あくまで冷笑、警鐘、不条理といった寓意的表現の中に留めている点です。個々の作品は強い印象を残しながらも、それらが一つの神話的構造へと収斂することはありません。
ドイルは「大空の恐怖」や「北極星号の船長」といった、未知の存在や不可知の領域に触れる作品も残していますが、それらは後にH・P・ラヴクラフトが志向したような神話体系へと接続されることはありませんでした。
その理由は、単に体系化の有無だけでなく、心霊主義的世界観と、人間中心的な構造に重きを置く作風の違いからも見られるのではないでしょうか。
ここまで、お読みいただきありがとうございました!