小さい頃、家にあった広辞苑を眺めるのが好きだった。
一つの言葉を知りたくて、ページをめくる。
その説明文の中に知らない言葉を見つけて、また調べる。
そうやって、言葉を行ったり来たりして遊んでいた。
そんな中、目に留まった言葉があった。
むいかのあやめ、とおかのきく
「六日の菖蒲、十日の菊」
端午の節句は五月五日に菖蒲を飾り、
重陽の節句は九月九日に菊を飾る。
たった一日遅れただけで、もう間に合わず役に立たない——。
子ども心に、ずいぶんひどい話ねと思った。
もちろん、試験日や出発時刻のように、どうしても遅れてはならないものはある。
でも、菖蒲も菊も、五日だろうが六日だろうが、九日だろうが十日だろうが、
その美しさに変わりはないはずだ。
だから思う。
遅れて間に合わなかったように見える出来事にも、必ず意味があるはず。
むしろその「遅れ」があったからこそ、出会え気づける時機があるのかもしれない、と。
今日は九月九日、菊の節句。
今日のあなたも
明日のあなたも
そして、これからもずっと
あなたは美しいよ。