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【感想のお部屋】 『聖夜の家族』  〜 血が通い感情もあるインテリア 〜



※※ はじめに ※※

この小部屋を見つけてくださって、ありがとうございます。
こちらは、わたしがkou様の作品を読ませていただいたときの、感想などを綴っているお部屋です。
今回はこちらの作品です。

『聖夜の家族』 kou 様

https://kakuyomu.jp/works/822139841959692672



※※ 以下、ネタバレを含みます ※※









⚫︎ 「ありがとう」「とてもいい子ね」


作品タグにも“ホラー”とありますので、覚悟して読み始めました。

最初から、不穏…。


クリスマスのディナーを囲む家族たち。

父、母、弟。
ユキさんが幸せそうに家族に声をかけるのに、家族の反応がユキさんの主観でしかない。
第1話で出てくる

   父と母が同時に口を開いた。

   ありがとうユキ

   ユキはとてもいい子ね

   (本文より)


この時点で、ユキさんは25歳。
「とてもいい子ね」と言われる年齢では、ない。

でも、この言葉が人生を通して、
ユキさんが一番“言われ続けたかった言葉”なのだと感じました。



⚫︎ 動くものに対する執拗な嫌悪



純白のドレスに、「静止した世界で唯一許される」「鮮血のようなルージュ」
家族に優しく話しかけ、楽しげなユキさんなのに、
父に止まった一匹のハエに対する、突然の執拗なまでの憎悪。
声色に言葉使いの変化や、行動。

もう涙 こわいこわい😭



でもまだ第1話。きっとこんなの序の口…。



⚫︎ インテリアとして生きる12年

第2話。
ユキさんの初任給で買った家族へのプレゼントを手に帰宅しながらの

ユキさんが“生きてきた描写”。
ここに、この物語の全てがありました。

   それは、暴力や罵倒よりもずっと効果的な『支配』だった。
   (本文より)
   
ユキさんの母の結婚相手は、妻の連れ子を置物のように配置し、
ユキさんは

   「うん、今日も良い子だ」
   (本文より)

という義父からの言葉だけを縁(よすが)に生きる。

もっと悲しいのは、それがユキさんの「安心」になっていることでした。



   彼が評価したのは、ユキの成果ではなく、
   ユキが彼の描く理想の娘という枠から逸脱しないことだけだった。
   だが、ユキにとって安心そのものだった。
   自分は、この家に飾られるべき美しい置物。そう信じることで、
   彼女はかろうじて自分の存在価値を保っていた。
   (本文より)



……。
ユキさんがお母さんと死に別れたのって10歳ですよね?
(「ユキの記憶の中にある『本当の家族』は、10歳の夏に死んだ。」本文より)
え、ということは10歳前から、
『理想の娘という枠から逸脱しないこと』が『安心』だった、ということ??

それだけだってつらいのに。
母が亡くなり、すぐに義父が再婚し、息子が生まれ

   自分に向けられていたのは『愛情』ではなく、『管理』だったのだと。
   (本文より)

と気づいてしまう。
それでも小さな子どものユキさんにとっては、そこで生きていくしかない。
実母を失った10歳から、初任給をもらえるまでになった22歳までの12年間。
「今は義父・義母・義弟の“血”の中には入れなくても、
働き出したら、
大人になれば、
自分は家族として迎えてもらえるはず」
と、ユキさんは思っていたのですよね。



そして初任給で家族へプレゼントを買って帰宅した日に、

あまりに残酷にも、家族が忽然と姿を消し、残されたのは義父からの手紙だけ。

丁寧で、事実だけを伝える手紙。



   “かねてより話し合っていた通り”
   (本文より)


それって義父と義母が、ってことですよね。
「かねて」って。いつから?

……
最初からユキさんには、
意見を訴える場も、
話し合いに参加する“権利”さえなかったのです。



   これ以降、私たちを探そうとはしないで欲しい。
   (本文より)

義父の手紙は全ての文字が心を抉るものでしたが、
特にこの言葉が、読んでいるわたしの胸を強く刺しました。

なぜこうなったのか。
今朝まで“日常”だったのに。
“血の家族”の外側で迷惑をかけないように、生きていたのに。

ユキさんの心の叫びが聞こえてくるようでした。
ちゃんと“いい子”でいたのに。
それなのに、説明も理由さえも教えてもらえず、一方的な“遮断”をくらう。



⚫︎ 「愛してくれる」からこそ向ける刃。なんという矛盾

ユキさんの泣き声だけが響く部屋で、
ユキさんは“ひとりぼっち”の胎児として生まれ直し

“必要のないインテリア”として置いていかれたあの部屋で、
ひとりで暮らしをしています。

第3話の冒頭、マンションのエントランスにいる管理人・渡辺昭夫さんの
“制服”の描写を読み、ゾワっとしました。



あ、これって。

第1話の…。



引き続き出てくる、
職場の優しい真理子さん、
公園で会う怜くん。


あぁ。ユキさんの“家族”だ…。😭


日常の、何気ない会話やふれあい。

大事にされているという実感。
相手を大切だと思うユキさんご自身。


何一つ間違っていないのに。

どれも優しさと愛で包まれているのに。



どんなに優しくしても、仲良くしても。

いくら距離が近くても

“他人”


   足元の地面が、底なしの泥沼のようにドロリと溶け始めたような錯覚に陥る。
   真理子も、昭夫も、そして怜までも。
   自分を愛してくれていると思っていた。
   自分を必要としてくれていると思っていた。
   けれど、彼らにとってユキは、引っ越し荷物の中に加える価値もない、
   ただの他人でしかなかったのだ。
   ユキのことを捨てた家族たちと同じように、彼らもまた、
   ユキという存在をこの空っぽの街に置き去りにして、
   自分たちだけの新しい生活へと逃げ去ろうとしている。
   (本文より)




この“引っ越し荷物の中に加える価値もない”の一文に、

ユキさんは“自分はインテリア”から抜けきれていないのだ、と感じました。

   (また、私を捨てるのね)
     中略
   「……させない。勝手にどこかへ行くなんて、絶対に許さないんだから……」
   (本文より)

本来であれば、
『自分を物言わぬインテリア』として置き、不用品として捨てた義父へ向かうべき憎悪。

でも、ユキさんは義父から

             「愛されていなかった」


この現実が
“インテリアとして生きる”選択をした、そう生きることしかできなかったユキさんが
義父へと『刃が向かわなかった理由』なのかと、感じました。


むしろ、「愛してくれている人(昭夫さん・真理子さん・怜くん)」だからこそ、
『自分を受け入れてくれる』という甘美な誘いを感じ、
その歪んだ愛がユキさんを狂気へ向かわせたのだと思います。



⚫︎ 見えない“縛り”

誰とも血のつながりを感じられないユキさんにとって、

“血のつながり”で自分の前からいなくなる3人の、
“血を抜いて自分の愛を詰め込む”という発想。

それを“誠実な絆”と信じて疑わない姿。

狂気以外のなにものでもありません。

愛されたい
必要とされたい
ここにいていい。


そんな人として当たり前の感情を
受け止めてもらえる機会が少なかったユキさん。
その渇望がユキさん自身も飲み込んでしまう
怪物になってしまったのですね。




⚫︎ 美しい≠正しい、正しい≠安心

“家族”の3人と食卓を囲む第1話のシーンへ戻る第5話。
穏やかに座り、笑顔を作るように糸で引き上げられ、
無邪気なポーズで固定された3人の“家族”


ユキさんは気づいていたのでしょうか。

義父からの「支配」を

      今度は自分が繰り返しているということを。


大切な、自分を“愛してくれた”人たちを、
この義父の言葉通りにしてしまったということを。



   「ユキ。良いかい。美しいものは、いつだって正しい場所にあるものだ。
   君も、この家の『正しい場所』に、いつもきちんと収まっていなさい」
   (第1話より)

あ、でもユキさんにはそれが「安心そのもの」だったのでしたよね。
義父の、「連れ子を愛せない(愛さない)」という、
“愛の通った血”が一滴もない人間の振る舞いが、
ここまで人を壊してしまうのだと感じました。

そして、相談もされずに家族が去ったことに、あれほど慟哭したユキさんだったはずなのに、
“いなくなることが寂しい”と誰にも言えず、
振られた刃以上の傷を「愛してくれる人」に振ってしまった。
今回も刺された方は理由がわからず、で。

そんな循環は断ち切らないといけませんね。



⚫︎ おわりに

   ああ、これよ。
   これこそが、私がずっと、ずっと欲しかったもの。
   (本文より)

自らを“静止”させる中で、理想の家族に囲まれてうっとりとしながら
終わりへと向かう。
幸せそうなユキさんを読みながら、なんとも居た堪れない気持ちになりました。


これほどの凄惨さを突きつけられると、心がひりつくような痛みを感じます。
“大事な人が離れていく”と感じることは、とてもとてもつらいものですが、

「愛してくれる人」の人生を止めてまでも、自分に繋ぎ止めておきたい。

それほどの闇をユキさんは抱えてしまったのですね。


そして。
『聖夜の家族』の中心にあるものは、

恐怖というよりも、
“離れないつながりを願う心”なのだと感じました。

ユキさんが求めていたのは

“裏切らない家族” “去っていかない家族”

その願いは、『決して別れが訪れない時間』として
あの極端な形になってしまったけれど。

『聖夜の家族』
とんでもないお話でした。



【感想のお部屋】はこれまでも開いてきましたが。

ホラー作品への感想というものが初めてでしたので、
お読み苦しい点はご容赦ください。

基本的に、ホラー作品は読むことはできますが、

消費することができず、自分の中に残留してしまいます。
でも、

「理解できないものを、理解したい」という衝動が今回は勝ち、
【感想のお部屋】を開いた次第です。






では、また『感想のお部屋』でお会いいたしましょう。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。








kou様へ

……。
kouさんが元々はホラーさんなのは存じ上げておりましたが。



怖いよ!!怖い怖い😭
でも最後まで読まずにいられませんでした。



いろいろ刺さる箇所がありまして。心臓痛い。


kouさん?
この作品の一つ前。何を書いていたのか覚えていらっしゃいますか?

お忘れのようなので、教えて差し上げましょう。



一つ前は

⚫︎ 『8月32日の煩悩』ですよ??

あの男子中学生が透明になったら女子更衣室ーー!という、おバカはお話。


そしてその前は
⚫︎ 『崩れて好し、雪の夜』という、
なんだか妙に艶っぽい、姉弟の素敵なお豆腐の話。静謐な空気。



そしてその前は
薄紅色のヴェールに包まれた

⚫︎ 『路面電車で春を待つ』 「うつくしい」の一言。





……。

その、振り幅!! 温度差!! 転換スピード!!

一体、脳内はどうなってるんですか。


あ。佐京光希くんへも使ってしまった、お小言モードが発動しちゃいました笑
はぁ、もう、そうでもしないといつものペースに戻れませんでした。

ごめんなさい🙏


先日は、号外のような【感想のお部屋】へコメントいただきまして、

ありがとうございました。

『8月32日の煩悩』を読んで、何度も大笑いをして、

この大笑いを速報したくなりました笑



えっとですね、ホラーは「期待していた」というか、

あの、その。


kouさんって、ご自身でそうされてるのかどうかわからないのですが、
結構10作ごとに「うっ」と心を抉るお話が来たりするので、

そういう意味でも

「Prepare for impact!」的な意味で書きました^^;



でも、今作で初めてホラー作品への感想という挑戦ができたので、

楽しかった(?)です。


「忍び寄るスニーカー」の怖さとはまた違って、今作は心臓を抉る怖さ。

怖いけど、きっとまた読んでしまいますが。



どうやったら、あれだけの振り幅の作品を描けるのか。

創作される方は脳はどうなっているのか。
血を抜いたらどうなるのか、…あ。それはユキさんですね笑


それでは、また( ´ ▽ ` )ノ


1件のコメント

  • 金時様、この度は『聖夜の家族』を最後までお読みいただき、そしてこれほどまでに深く、鋭く、そして温かい慈しみに満ちたレビューを届けてくださり、本当にありがとうございます。
    仕事のシフトに欠員が生じたことで、日付が変わっての帰宅するものの、その日の朝に再び出勤。そんなことをすると、疲労が抜けなくて、なかなか返信を書くことができませんでしたm(_ _)m
    一文字一文字、胸に深く刻むように読ませていただきました。
    ホラーという、本来であれば「消費して終わり」になりがちなジャンルにおいて、金時さんが「理解できないものを、理解したい」という衝動を持ってユキの心に寄り添ってくださったこと、作者としてこれ以上の喜びはありません。

    ● 「とてもいい子ね」という呪いと救い
    金時さんがご指摘くださった通り、ユキに向けられた「とてもいい子ね」という言葉。それは彼女にとって、時が止まったままの10歳の自分を唯一肯定してくれる聖句でした。義父から与えられたのが「愛情」ではなく「管理」であったとしても、幼い彼女にとっては、その管理の枠内に収まっている時だけが、自分の存在を許される時間だった。
    その悲しい「安心感」の正体を見抜いていただけたことに、目頭が熱くなりました。

    ● インテリアとして生きる絶望
    「自分は家族にとっての備品(インテリア)だった」というユキの気づきは、この物語の最も残酷な核です。金時さんが仰るように、彼女は働きに出れば、大人になれば、この「管理」が「愛情」に変わる日が来ると信じて、12年間も静止し続けていたのですよね。
    それなのに、初任給という「恩返し」の切符を手にした瞬間に待っていたのが、説明も対話もない「廃棄」であったこと。あの手切れ金は、彼女の12年間の忍耐と希望を、単なる「処分費用」という無機質な価値に置き換えてしまいました。

    ● 「愛してくれる人」に向かう刃
    ここが最も矛盾し、最も凄惨な部分ですが、金時さんの「愛してくれている人だからこそ、自分を受け入れてくれるという甘美な誘いを感じた」という考察に、深く唸らされました。
    自分を捨てた義父への憎悪よりも、自分を愛してくれた人たちを「絶対に失いたくない」という恐怖が勝ってしまった。彼らが「去っていく(引っ越す)」という事実は、ユキにとっては「自分を否定し、捨てること」と完全に同義になってしまった。

    ● 繰り返される支配の形
    金時さんが気づかれた「義父からの支配を、今度は自分が繰り返している」という指摘。これこそが、この物語の裏側に流れる最も暗い皮肉です。
    ユキは義父を憎んでいたはずなのに、結局、愛する人を繋ぎ止める方法として、義父と同じ「正しい場所に固定し、管理する」という手段しか選べませんでした。金時さんが仰る通り、愛の通った血が一滴もない人間(義父)の振る舞いが、世代を超えて連鎖し、罪のない三人の人生までをも止めてしまった。その循環の虚しさが、最後の手首をなぞるシーンへと繋がっています。

    ● おわりに
    「ホラー作品は残留してしまう」と仰りながらも、ユキの抱えた「闇」と、その奥底にある「離れない繋がりを願う心」を丁寧に掬い上げてくださいました。
    金時さんが最後に書いてくださった、「恐怖というよりも、離れないつながりを願う心なのだと感じました」というお言葉。
    この一文に、この作品のすべてが救われたような気がします。凄惨な描写の奥にある、ユキのどうしようもないほどの孤独と渇望を受け止めてくださり、本当に、本当にありがとうございました。

    確かに私の作品は、色々ですね(^^ゞ
    物語を作る人は、その頭の中で男や女、老人や子供、善人から悪人まで色んな人格になってセリフや行動をさせるので、ある意味多重人格なのかもですね。
    10作品ごとに、心を抉るお話がありましたか。
    自身では全然気づいていませんでしたが、怖いものに惹かれてしまうのは、伝奇な世界観が好きだからなんでしょうね。
     小説では伝奇を読みますが、コメディやラブコメなどはコミックで読むので、私の好きなジャンルを表現したいと思ってですね。
     血を抜いたらどうなるのか?
     この3月で献血解禁になっているので、早く行きたい。
     でも、仕事の関係で日取りが合わなくて、悔しいこの頃なんです。血が抜けて行くのを見ると、気分が悪くなったのは最初の頃。
     今では、血液パックがパンパンに膨れ上がるのを見ても何も思わなくなった……。
     一回献血するごとに、身体が軽くなってフラフラした気持ちになっていたことが懐かしく思います。
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